第40話 皇国流剣術
最近のデッドリッグは、空き時間があれば、剣に魔法に、訓練に余念が無かった。
勿論、体育祭と魔法祭に向けて、だ。
雪が融け切った頃、体育祭は行われ、その一月後には魔法祭が開催される。
この一年、中々に忙しく、訓練に取り組む時間が中々取れずに居た。
だが、何としても、余裕の2位を狙うのは間違いない。
1位は、バルテマーに譲る。だが、バルテマーも訓練の時間が余り取れていないのでは無かろうか?
そう思っていたら、早朝訓練に、バルテマーが混じって来た。
皇国流剣術。ソレの基礎を、デッドリッグもバルテマーも行なっていた。
即ち。
中段に構えてから、上段に木刀を振り上げ、上から左斜め下に斬り下ろす。
次に左下から右に斬りかかる。右からは左上だ。左上からは下、下から右上、右上から左、左から右下、右下から上へと戻す。
ソコ迄の流れを一連として、只管にソレを繰り返す。
コレが、皇国流剣術の基礎だった。
だが、慣れぬ内は中々馴染めぬものではあった。
7連位繰り返してから、どちらから言うでも無く、デッドリッグとバルテマーの手合わせの時間となる。
勿論、皇国流剣術の基礎だけでは済まない。応用を利かせないと、中々勝負するのにも難儀する。
何しろ、基礎が同じなのだ。構えを見ただけで、どう振り翳すのか、予測が付く。
そして、その応用の基礎として、皇国流剣術の逆回しと云うものもある。
二人は、それを基とした剣捌きで、互角に打ち合っている。
──否、デッドリッグは未だ少し余裕があるのか、欠伸でも出そうな態度で打ち合っている。
そもそも、剣は斬る為の武器ではない。その質量を刃と云う線に集中して圧切する為の武器である。
相手にダメージを与えられればそれで良い。レイピアとも違い、刺突の為に使う事は、無いとは言わないが然程そんな機会は無い。
だが、デッドリッグは剣に因る刺突に、可能性を感じていた。
相手の命を奪っても良いのならば、本気を出すのだが。
「俺が相手では手を抜けるとでも言うのか!」
それがあまりにあからさまだった為、バルテマーは手抜きされていると、憤慨していた。
「手を抜く……。
うーん……確かに手は抜いているけれど……。
でも、相手を殺しても良いのでも無ければ、訓練で本気は出せませんよ?」
「本気で掛かって参れ!」
バルテマーは怒声を上げた。
そこまで言うならばと、デッドリッグは急所を外して刺突攻撃を始めた。
「ムッ!中々やるな。
しかし、皇国流剣術から外れるならば、邪道!
邪道に負ける訳にはいかぬ!」
バルテマーがより一層の集中力を発揮し始めた。
デッドリッグは、と云えば、どことなくのらりくらりと云った印象を受ける立ち回りをしている。
「おのれ!愚弄するか!!」
「別にぃ。先ずは、左腕!」
デッドリッグの刺突が、バルテマーの左腕にヒットした。
バルテマーは木刀を右腕一本で持ち、構える。
「まだまだー!!」
「次は左脚」
デッドリッグの言う通りに、今度はバルテマーの左脚に刺突攻撃がヒットした。
左脚が膝から崩れ落ちてバルテマーは左膝を地面に付けて体勢を崩した。
「まだやりますか?」
「当然!」
バルテマーはデッドリッグのお情けを掛けられて邪魔される事無く立ち上がった。
だが、立ち上がるのがようやくと云った感じで、どうやら継続して訓練する事は叶わない様子だった。
「おい!回復魔法!」
バルテマーが、お付きの者に回復魔法を掛けさせる。
デッドリッグは、『お付きの者に回復魔法の使い手を手配するかよ』と、兄弟の扱いの差を感じた。
「本当に、俺が本気を出して、このまま稽古を続けるのが、腕前の上達に繋がると思っています?」
「……避ける技術を身に付けようとする程度にはなるだろうよ」
本来のストーリー中では、腕前は逆転してバルテマーが優位になるのだが、『デッドリッ屑』モードでは、どうなるのか判っていない。
そして、訓練中、バルテマーは途中で疲労から、腰が砕けて立てないまでになる。
恐らくは、『やり過ぎ』だ。ナニをとは言わない。
だが、現状を維持している限りは、デッドリッグは負けはしない。
本来ならば、『自制した方が良い』と進言する場面だが、デッドリッグは余計な事は言わないと決めている。
ソレでヒロインから恨まれたら、恐ろしい方の公開処刑が待っているからだ。
「デッドリッグは──」
バルテマーが口を挟んだ。
「──学園祭の模擬剣闘大会で、本気を出すのか?」
「出しませんよ?
綺麗な皇国流剣術だけで、十分に勝てるレベルですし。
ただ──優勝は兄上に譲っても構いませんが」
デッドリッグは、バルテマーに見せ場を作る事を考えていた。だが、あからさまにならない為には、もう少しバルテマーの腕前も上がっていて欲しいものだ。
さもなくば、優勝を掻っ攫って行こうと云う考えだ。
「──譲られなくても、勝ち取るだけの努力はする」
「ならば、アッチを控えるべきですね」
前世の記憶があるならば、その表現で伝わる筈だ。
「……聖女様が満足してくれぬのだよ」
「どちらにしろ満足してくれないのなら、三日に一度とかに限るべきですね。
まさか、それを不満に不貞に走る事は無いでしょう」
「その上でダグナの相手もせねばならんのだ。
全く、デッドリッグのソッチの方の舵取りを学びたいものだよ」
「ヒロイン達が自制してくれていますからねぇ」
全く以て、6人のヒロイン達には頭が下がる。
こんな、『屑』とまで呼ばれるデッドリッグを、よくも支えてくれているものだ。
デッドリッグは、その事に頭が回り、頭の中で6人に1人ずつ頭を下げて行った。
尚、デッドリッグの行動を不気味に思ったバルテマーが、デッドリッグの奇行が終わった後に問い質し、心の底から納得するのであった。