第12話 疾刀という人材
「ダークキャットでは、それなりの能力者が相手だと、封じられないと思うのですが」
「オッサンの言ってるのは、サイコワイヤーの数の問題か?
言っとくが、パンサー同様に調べた結果、最高記録は47本だ。
距離で50メートルを超える奴は少なくなかったが、数で20を超える奴は少なかったぜ」
「それと、物体の一部を切り離すようなテレポートを行えるソフトは、一般には入手出来ない筈ですよ」
「例えばの話だ、それは。
それと、あのコーティングがこれほどまで普及しているのは、日本の他には数える程しか無いぜ。
忘れないで欲しいのは、日本はサイコプラグに関するほとんどの事が最先端を走っているってことだな。
ダークキャットが現れるまでは、ジャミングシステムに関してはそれほどでも無かったんだけどな」
「じゃあひょっとして、最新型のダークキャットが最近次々に壊されているのは――」
「攻略法を探す為、俺たちがとある国の警備会社から依頼されてやったものだ。
やっぱりお膝元が、一番出回っているからな。
ところが今回は強敵でな。
一つ前まではそれなりの本数のサイコワイヤーを、何でも良いから束ねて突っ込ませれば、大抵攻略出来たのに、その方法だと20本も必要になってた。前回の倍だぜ、倍。
ハードは変わらないのに、ソフト1つであんなに変わるもんかと、感心しちまったね、俺は」
「恭次ぃ~、その辺は言っちゃダメよぉ~」
疾刀は、自分の作ったソフトが簡単に攻略されなかった事は、とりあえず喜ばしいことだった。
だがそれでも、攻略法があることには変わりない。
CA-Dが簡単に攻略されない事と、次のハードが早めに仕上がる事を祈るばかりだ。
「ところでオッサン。クルセイダーに協力する気は無ぇか?
オッサンのアンチサイ能力は、眠らせておくには惜しいと思うんだよな、世の為人の為にもな。
協力してくれるなら、仕事紹介するぜ」
「お断りします」
恭次のそのお誘いには、迷うことなくキッパリと断る。疾刀は、自身の仕事に誇りを持っていたからだ。
恭次の話を聞いて、多少の揺らぎはあったものの、その決断を迷わせるほどのものではなかった。
「金を稼げることは保証するぜ。大抵の仕事より楽な筈だ」
「だからと言って、キラーチームに入る気にはなれませんよ。
それに、僕は今の仕事に、十分満足していますし」
二人の男が、暫しの間、正面から目を合わせた。睨み合いにも似たソレは、まるでお互いの意志の強さを比べ合っている様にも見えた。
やがてその勝負は、恭次の方が折れる事で決着が着いた。
「仕方ねぇなぁ。
まあ、気が変わったら言ってくれ。連絡方法は――」
「アタシは諦めるつもりは無いわよ」
恭次の言葉を遮り、隼那が立ち上がった。恭次に甘えていた時とは違い、顔がキリッと引き締まっている。
疾刀たちへと歩み寄ると、腰に手を当て、仁王立ちで疾刀を睨む。
「有能なアンチサイ能力者を、みすみす見逃すなんてことは出来ないわ。
アタシたちがやっていることは、決して褒められたことじゃないことは、分かっているの。
けどね、急激に成長し過ぎた技術に対する応急処置を行っているのよ、私たちクルセイダーは。
だから、クルセイダーという名前なのよ。正義ではなくとも、それが多くの人の為になる事を信じて、戦う為に」
「例えそれが、人を殺す事になろうとも、ですか?」
隼那は頷く。だが恭次は、何か気まずそうな苦笑いを浮かべて、頬を指で引っかいたりする。
「あ、いや、あれはだな……その……血が騒いだと言うか、何と云うか……」
「きょぉぉぉぉじぃぃぃぃ?」
尻上がりの冷たい声が、恭次に降り注ぐ。
「まさか、サラマンダーで人を傷つけたりなんて、いないわよねぇ~?
それをやったら、返してもらうって、約束だったものねぇ~?」
「いやぁ……はっはっは」
笑って誤魔化そうとする恭次に、隼那の手が突き出される。掌を上に向けて、無言で「返せ」と訴えている。
「仕方ねぇだろ。相手も本気だったんだし」
「大和カンパニーも襲撃するなんて言ってたし、そんな危ない人に、貴重なサラマンダーは渡しておけないわ。
あなたについて行った連中のドラゴンも、当然没収よね」
わざわざ意地の悪そうな口調で、隼那はそう云う。
「ああ、それだったらもうやらねぇよ。もう失敗したから」
「何ですって!」
大袈裟な怒鳴り声に、恭次もやや大袈裟なリアクションで耳を塞いだ。
「怒鳴らなくても、聞こえてるよ。
今日、下見に行ってきたんだよ。
そしたらそこの前で変な外人に声を掛けられて、サイキックがどうのこうのって言ってきたから、ちょっと火を出して見せたらよ。
今度は『Are you CRUSADER?』って聞かれて、警戒したら、襲って来やがった。
まぁ、この力を使っての戦いをそれなりに楽しめたから、俺個人としては、それで満足しとこうかなと……」
「馬鹿!仲間だったら、どうするのよ!」
「ああ、大丈夫。ソイツ、ファフニール使ってやがったから」
疾刀には聞き覚えの無い名が飛び出した。正確には一回聞いていたのだが。
ひょっとしたらパンサーが通用しなかったのは、そのソフトなのかと思う。
隼那の顔が蒼褪める。疾刀の見た限りでも危険なサイコソフトだと思ったが、それ以上の何かがありそうな様子だった。
「それって、『CELESTIAL VISITANT』って事じゃない!」
「な?手加減する訳にはいかねえだろ?」
またも、聞いた事の無い単語が出る。何かの名前であるらしいことは分かったが、それの持つ意味を、英語の堪能ではない疾刀は知らなかった。
「何ですか?その、ファフニールと……何だかっていうのは」
「ファフニールは、アンチサイ対策の行われている、ドラゴンに似たソフトの事よ。
ドラゴンが不可視領域のレーザーに似たエネルギーを操るのに対して、ファフニールは一部のエネルギーが可視光に変換されて漏れてしまうから、肉眼でも見えるのが特徴。
そしてセレスティアル・ヴィジタントは、それを生み出し、更に利用をもしている、キラーチームの名前。
日本語だと、『天の御使い』って意味になるわね。
白人ばかりを集めて、やりたい放題やってる、世界で一番タチの悪い連中。
ウチのライバルに該るわけよ。
でも、何故この街に、そんな連中が……?」
「ダークキャットの買い出しじゃねぇの?
アイツラ、最近まではアンチサイやジャミングシステムは邪道だからと言って、手を出していなかったろ?
けど、それじゃあウチに対抗出来ないって事が分かったから、宗旨替えしたらしいって……聞いてなかったのか?」
「知らないわ、そんな話」
リーダーに重要な話が伝わっていないのでは、組織としてヤバいのではないかと思いながら、疾刀は話を聞いていた。
そもそも、部下がリーダーに従っていない辺りから、駄目そうなチームではあるのだが。
「これは益々、手放すわけにはいかなくなって来たわね」
横目で疾刀の方を見た隼那の目には、どこか怖いものがある。
「僕はそろそろ、帰らせてもらいますよ」