第22話 特訓
6人のヒロイン達の、音楽祭へ向けての特訓が始まった。
彼女たちの間では、既に周知されていて、特訓の厳しさを聞いて戦慄するデルマとカーラなのだが。
カーラは、ボーカルを任された。デルマは、ギターのサブを任された。
だが、7曲と云う課題は4ヵ月では難しいのではないかと思われた。
しかし、デッドリッグの監視の下、ローズが提案したのは、こんな課題だった。
「基礎を3ヵ月。7曲を思い出すのは1ヵ月で乗り越えましょう!」
カーラも、声出しの基礎から特訓する事になった。
そして、デルマが一番厳しく、カーラは少し楽かと思われたが、ローズが求める声量を出すには、一寸やそっとの特訓では済まなかった。
結果、カーラは声を嗄らして尚、特訓を強いられたが、ローズの判断で喉に危ない声出しは、止められる事となる。
「大丈夫。焦らなくても、イザとなったら、魔法機マイクで出力を最大にするから♪♪」
そして、ローズとデルマが鳴らすのが魔法機ギター、アダルとベディーナが鳴らすのが魔法機ベース、そして、バチルダが鳴らすのは、特製のドラムセットだった。
ドラム以外は、魔法機スピーカーを用いて音を流すらしい。
だが、練習ではそのスピーカーも音量はゼロでは無いけれども、かなり小さな音に留めていた。
何故ならば、ファンが殺到するからだ。
音楽室の中で特訓するのだが、防音が確りしたこの部屋でも、魔法機スピーカーは近い者には聞こえる音量がかき鳴らされ、少数ながらファンが見学にやって来る始末だ。
なので、音楽室には鍵を掛けて特訓している。
1階なので、窓の外から見学する者は已む無しと判断を下している。
一応、防音ガラスの窓なのだが。多少は聞こえてしまうものだ。
因みに、見学者に1年生は殆ど居ない。
昨年、1度きり開催した音楽祭を、再び執り行うと云うポスターが校舎の至る所に貼り付けてあるのだ、知っている者からすれば、練習風景も一見の価値アリと思われている。
昨年は、遂にヒロイン達以外に音楽祭のステージに立った者は居なかったらしい。
だが、今年はどうだろうか?
ローズは、もう2組か3組は出演して欲しいと思っているのだが。
「デルマさん、まずはメジャーコードを確実に出せるようにしつつ、ソレが済んだらマイナーコードも出せるようになって頂きます。
まぁ、ワタクシ達が鳴らす音楽は、殆どがメジャーコードで構成されていますから、メジャーコードを鳴らせるだけでも、一応の戦力にはなります。が──」
ローズはソコで一区切り付けた。そして、こう言い放つ。
「ワタクシ達の演奏に、貴女が綾を付けたら、ファンから嫌われますわよ?」
デルマは、この期に及んで、このイベントの恐ろしさを想像した。それは、カーラも例外では無い。
「カーラさんも、何故、ワタクシ達が貴女の発声練習から厳しくしているのか、当日、まともに歌い終えた時に判りますわよ?
まぁ、でも、ナチュラルに大きな声を出せるようになったら、後は歌詞を間違い無く覚えるだけでも、それなりの評価は得られますわよ?」
そう、ナチュラルに大きな声。その声で歌えることを、ローズはカーラに求めているのだ。
歌詞は、飛んでしまわなければ、多少は誤魔化しが利く。
まぁ、当日はローズ用にも魔法機マイクがスタンド付きで用意されるので、ローズが補助して歌うから、肝心のサビのフレーズさえ飛んでしまわなければどうと云うことは無い。
だが、歌詞が飛んでしまったら、ファンからどれ程嫌われるものか、カーラには予想もつかない。
そうして、ローズがイザと云う事態への想定を考えながら特訓を進めた結果、その矛先がデッドリッグに向かった。
「殿下?念のため、殿下も1曲だけで良いですから、声出しの練習から、歌う為の特訓を積んでおいていただけませんでしょうか?」
念のため。その言葉によって、ローズがとんでもない想定をしている可能性が考えられた。
「でも、アンコールの時の為だけに歌わせるのは、避けてくれよ?」
「大丈夫ですわ。カーラの喉を休ませる為に、4曲目に入って頂くだけですから」
その為ならば、確かに必要だろう。
そう思って、デッドリッグは声出しの練習を始めた。
何故か、デッドリッグの方がスムーズに大きな声を出せるようになる様子を見て、カーラは正直、『ボーカルは殿下で良いのでは?』等と思うものの。
ここで挫けたら、他のヒロイン達に水を空けられる事は確かなので、カーラは『自分が主役!』と意気込んで特訓に取り組むのであった。
尚、ローズは今年で卒業の、二度目にして最後の参加となる事に、『本番は恐らく感極まるだろう』と予想していて。
ローズの抜ける穴を補填する為、デルマに期待が集まっている事を、未だデルマは気付いていなかった。
──否、今、気付いてしまった。
途方もないプレッシャーを感じるが、今は特訓の時と見切って、魔法機ギターの特訓に専念するのであるが。
実際問題、昨年ボーカルだったアダルが、今はベースの特訓に取り組んでいるのも、カーラとデルマの境遇と大差無い事を、二人は未だ知らなかった。
──否、今、知った。
ただ、誰もが、大成功を収める為に努力を辞めないのは、ひょっとしたら、失敗した末期に待つ、最悪の事態を避ける為に尽力しているのであろう。
自分を求めてくれる相手が居る事は、本来、とても素晴らしい事なのだ。それだけで、存在意義になってしまう位には。
そして、ローズが、デッドリッグが求めて来てくれる。と同時に、他の5人もデッドリッグと、序でにローズも求めているのであった。
その、お互いを想う気持ちだけで、どれ程の価値があるものなのか。
残念ながら、それを計る物差しは存在しなかった。