第41話 決着
思い返せば、長い道のりだった。
遂に。
遂に、この時がやって来たのだ。
彼女と俺、ジャンヌとジャックとの直接対決の時が。
仮想空間で対峙する、二つの影。
それは、実に対照的なものだ。
白と黒。
剣と銃。
そして。
女と男。
まるでライバルとして作られたかのように思えてしまう程に。
「だがしかし……」
俺は一度として、そのライバルに勝てたことが無い。
相手の持つ、古き力。
それに対抗するだけの力は、ジャックには秘められている筈だと俺は信じている。
ジャックとて、まだ試作段階の新しい力を持っているのだ。
にも関わらず、これまでの成績は7戦全敗。
俺は額の汗を拭ってから、眼鏡を押し上げようと手を伸ばしかけ……。
「……おっと、無いんだったな」
伊達眼鏡は美菜姉ちゃんに預かっておいて貰ったことを思い出し、呟く。
既に、準備は整っている。
ジャンヌの高笑いも、もう聞き終えた。
あとは、合図を待つばかり。
『READY?』
「O.K.……」
自然体に構えたまま、俺はコンピューターの声に応えた。
残された僅かの時間で、今まで練り込んであった戦略を脳裏に展開しておいた。
『FIGHT!』
「キングス・ガード!」
『ホーリークロス!』
お互いにガード必殺を展開し、相手に向かって走る。
ここからは思考の入り込む余地の無い戦いが行われる。
咄嗟の判断と、反射の世界。緊張が齎す疲労は、想像を絶する。
走ったのは、たったの4歩。3歩目と同時に左手に持つ銃を撃ち、四歩目で跳躍する。
相手を跳び越すまでは、1秒程度の間。その間に空中で方向転換を終え、ほぼ真下に向かってショットガン!
ヒットするのを確認せずに、俺は腕を交差させる。
『ティンクル・レイピア!』
俺の攻撃は半分ヒット。だが相手も、自由の利かない俺に向かって巨大な光の剣を叩き付ける。
ここまでは前回と同じ。だが受けたダメージは、相手の方が大きい筈だ。
地面に降り立ち、反時計回りに旋回する。ジャンヌはそれを直線的に追って来る。
『フェアリー・ステップ!』
相手に攻撃能力を持つ五つの残像が生まれる。
それに囲まれる訳にはいかない。今こそ鍛え上げた逃げ足の速さを発揮する!
……何か、ちょっと情けないなぁ。
『ティンクル・レイピア!』
敵も然る者。俺の逃げ足の速さに恐れをなして(?)、瞬時に包囲を諦めて効果範囲の広い技での攻撃を仕掛けて来た。
声の出た瞬間に反応して、俺は飛び上がる。が。
「ぐわぁっ!」
しっかりと軌道修正された六つの刃によって、ほぼ無防備に攻撃を受けてしまった。
最初に使っておいたガード必殺がまだ有効だった為に助かったが、もう体力は半分も残されていない。
ただ、それは相手のスキルゲージに関しても同じことが言える。
空中で方向転換し、着地。彼女が俺の方へ向かって走り来る。
そして手にした剣を構えた直後、残像の姿が消えた。
俺はその剣が振り下ろされる直前に、また飛び上がった。斜め前方に向かって。
奇形の剣が風を斬る。
俺は振り返りもせずにショットガンを斜め後ろに放った。
心地好いヒット音が聞こえた。
距離はそう離れてはいない。
この一撃は大きい。恐らく初めて、まともなダメージを与える事に成功した。
着地直後、方向転換をしながら斜め前に飛び退く。
足に痛みが走った。昨日は疲労を抜くために、走り込みも軽めにしておいたのだが、やはり筋肉痛は治りきっていない。
短時間に負荷の大きい動作を繰り返した影響が、出始めてしまった。
だが、ここで手を抜く訳にはいかない。このやり方の他に、勝てそうな方法は思い付かなかったのだから。
僅かな時間、俺たちは黙って対峙する。
ありがたい。そう思った直後、俺のガード必殺が消えた。
彼女の方は、残っている。30秒は効果時間があると思った方が良いだろう。
『Come on!』
ジャンヌの挑発。誰がそんなものに乗るものか。出来れば、向こうのガード必殺が切れるまで待ちたい位だと言うのに。
俺の意図に気付いたのか、彼女が動き出した。
剣を上段に構えながら、真っ直ぐにこちらに向かって走って来る。
俺は横目でチラリと、自分のスキルゲージを確認する。俺のスキルの一つが、未だ使用可能であると判断できた。
飛び上がる事を警戒されている今、咄嗟に思い付いた有効な手立ては、一つしかない。
間合いが詰まるまでの、1秒ちょいの間。
だがその僅かな時間の中の、彼女が剣を振り下ろし始める決定的な瞬間を見極めようと、研ぎ澄まされた神経で僅かな動作を観察する。
万一に備えて、腕は胸の前で交差させる。
そして。
「正ジャック!」
その瞬間に、俺は叫んだ。
突き出したショットガンの銃身が、白い十字架を突き破る!
飛び出した銃弾が、彼女の動きを止めた。
グラフィック上ではガード必殺を突き破っているとはいえ、実際にはその防御効果を無効化しているわけではない。
だがそれでもそのダメージは、残りの体力が半分を切るまでに至らしめた。
これで、互角。いや、スキルゲージも考えれば、俺の方が僅かに有利。
……ゴクッ。
固唾を飲んだ。
こんなに良い勝負になったのは初めてだ。
俺は間合いを開き、彼女が立ち上がるのを待つ。
未だ、白い十字架は消えていない。
立ち上がった彼女が動く。
今までの展開で懲りたのか、今回は左側から回り込むように。
俺は逆に右に逃げようとして……。
ガクッ。
足が、もつれた。
「動け、馬鹿野郎!」
未だ30秒も経っていない!どうして……どうしてこんなに早く、足が動かなくなるんだ!?
『フェアリー・ステップ!』
原因は、足を支えるシンクロフレーム。既に馴染んでいるとはいえ、全力で動き回るには大きな負荷となっていたのだ。
その事に気付いた時には、俺は彼女の分身に包囲されていた。
斬撃で、ライフゲージがレッドゾーンまで削られた。
だが、それが幸いした。
『ティンクル――』
振り上げられる剣。逃げ道は、ただ一つ。
『――レイピア!』
「ジョーカー!」
鋭角的な花が咲いた。それに切り裂かれる筈だった俺は、それを遥か上空から見下ろしていた。
実用価値を見出されなかった、ジャンプ必殺。
無敵時間を持つ、一時的な逃避には最高の技。
飛び上がる事しか出来ない為に、テストプレイの段階で失敗作の烙印を押された、俺以外に使い手が存在しない、幻の技。
俺は再び、ゲージを横目で確認する。
ジャンプ必殺は、降下の際に隙だらけで、単独では利用価値が無い事は分かっていた。
あと一つ。
余りの攻撃範囲の狭さ故に、単独では当てようの無い技がある。
皮肉にも、初めてジャンヌ・ダルクと出会い、戦った際の経験値で完成した、その技の名前を俺は叫ぶ!
「スペキュレイション!」
空中からの急降下。真下に並ぶ、六つの影。狙いは、技が勝手に定めてくれる。
腕を交差させるジャンヌ・ダルク。
二人が交錯する。
激しい衝突音。
そして。
『終わりだ』
ジャンヌ・ダルクを組み敷いて、その胸にショットガンを押し当てているジャック。
こだまする銃声。
投げ技扱いをされているこの技に、一切のガードは通用しない。
基礎防御力の低い彼女には、その一撃に耐えられるだけの余力は残されていなかった。
「よっしゃあ!」
思わず飛び出すガッツポーズ。
結局は――
2つでひと組の技を知られていなかった事が、俺の勝因だった。