決勝戦に向けての……

第43話 決勝戦に向けての……

「フッフッフ」

 ケントが不敵ふてきに笑う。不気味に、と言っても間違いではないだろう。
 
「ようやく、俺のヨシツネが日の目を見る時が来た」

「……そうか?」

 三位決定戦を見ながら、俺はケントの言葉に応える。
 
 未だ試合は始まったばかりだが、間もなく終わる。
 
 降籏さんに頑張るように応援しておいたところ、不思議なくらいにやたらと張り切っていたので、俺の期待通りに瞬殺してくれるだろう。
 
「一度や二度見たところで、ヨシツネの絶大な強さに対して、対策など出来まい。

 ジャンヌ・ダルクが良い見本だ。
 
 彼女の攻略に、おまえはどれだけ戦った?
 
 蒼木!おまえのジャックも、瞬殺してくれる!」
 
 降籏さん以上に張り切っているのが、ここに一人。こんなのは適当に受け流すに限る。
 
「まぁ、せいぜい頑張ってくれ」

「何だ、その他人事みたいな態度は!?

 お前に言ってるんだぞ、蒼木!」
 
 気の無い返事が、ケントには気に食わなかったらしい。
 
 しかし、まともに相手をしていては、気疲れしてしまう。
 
「分かってるって」

「こんな時は、『お前には10年早い』とか何とか言うのがセオリーだろうが!」

「はいはい、10年早いぞ、と」

「違ぁぁぁぁううううううううう!

 こうやって、『処刑』のジェスチャーでも取ってだなぁ――」
 
 ケントは片目を細めて、見下すような態度で俺を見る。
 
 コイツがやると、中々様になるものだ。
 
「『そのセリフ、お前には10年早い』。

 こうだ、こう!」
 
 力説するケント。何だかパワフル。
 
 とてもではないが、俺にはそのノリについて行けない。
 
「……どうしてそんなことをしなくちゃならないんだ?」

「ああああ!コイツはあああああああ!」

 頭を掻きむしり、地団太を踏んで全身で苛立ちを表現している。
 
 傍から見ている分には、面白いな。身内だと思われると迷惑だが。
 
「いいか!『最強』と呼ばれるに相応しいチームのメンバーが、波乱に満ちた個人戦を潜り抜け、真のエースの座を賭けて、決勝という舞台を借りて戦おうとしているんだぞ!

 これほど燃えるシチュエーション、手に汗握る、紙一重の勝負が約束されたこの戦いを前にして、おまえのその態度は何だ!
 
 その態度を改めるつもりが無いなら、今のお前に、決勝戦を戦う資格は無い!」
 
 ケントの怒号の合間に、背後から高笑いが聞こえてくる。
 
 どうやら試合は無事に終わったらしい。
 
「いやしかし、そもそも、そんなシチュエーションじゃないし」

「そういうシチュエーションなんだ!少しは分かれ!」

 実に乱暴な文法だ。日本語って、面白い。
 
「それと、だ。

 決めゼリフの一つも言えないなら、せめて無言で渋く決めてみろ!」
 
「……まあ、そのくらいなら」

 それで満足するなら付き合ってやろうかと、俺は筐体に向かって無言でつかつかと歩く。
 
「違ぁぁぁぁううううううううう!」

「今度は何だよ!」

 ケントの叫び声に、いい加減うんざりとして言い返す。
 
「何だ、その歩き方は!なってないにも程があるぞ!」

「どう歩こうが、俺の勝手だろうが」

「いいか!『最強』と――(略)」

 以降、延々と似たようなことを繰り返し、『ケントの正しい歩き方講座』から、『TPOに合わせたポーズの決め方』等々が繰り広げられ、およそ15分もかけて筐体にたどり着いた時には、俺はもう、精神的にくたくたになっていた。
 
 係員に、早くしてくれとの注意まで受けてしまったのも、ケントの責任だろう。
 
「頑張って下さいね」

 筐体に入り際、降籏さんが俺を激励してくれる。
 
 それでわずかに気が緩んでしまって、俺は不注意にもそれに応えてしまった。
 
「まぁ、負けないように気を付けるよ」

「違ぁぁぁぁううううううううう!」

 これ以上続けられては敵わないと、俺はさっさと扉を閉ざした。
 
 ……まさか、心理的に追い詰める作戦だったなんてことは無いよな?