第25話 正八面体コアの性能
ムーン=ノトスはしばらく、サトゥルの仕事を眺めながら自分の仕事をするようにした。
だが、コレと云ってやる程の事は、然程無い。
強いて言えば――
「この正八面体コアの性能を調べてみるか――」
その為に、ノトスは自らの身に着ける『αシステム』でもある『フライトアーマー』を外した。
『フライトアーマー』は、空を飛ぶことを前提として作られたらしき、左の脇の辺りにコアが埋め込まれた革鎧だった。
上半身を固定されるので、空を飛ぶ際に少しばかり安定性が高くて、飛んでいても安心出来るのが利点だ。
誤作動を起こさぬように脱ぐと、正八面体のコアを手に取る。
幾つかの小規模の魔法を試していたのだが――
「ノトスの兄ちゃん。コアの試運転するなら、外でやってよ!
気が散って、集中出来ないから作業の精度下がっちゃうよ!」
「ああ、すまない。
小一時間で戻るから、この部屋は出ないで作業に専念して貰いたい」
「言われなくても分かってるよ!」
外に出ようとしたノトスは、ふとあることが気になってサトゥルに声を掛けた。
「作業中に酒は飲むなよ?休憩は取っても構わないが、飲むのはその日の作業が終わってからにしてくれ」
「酒の飲み方ぐらい、祖父ちゃんから教わってるよ!
仕事中に酒飲む技師はロクな技師が居ないとかな!」
「それは安心した。
ちょっと出て来る」
ノトスは外で一通りそれなりの魔法を扱ったが、特に問題は見られない。
「正八面体でも、性能に問題は無いな。むしろ優秀だと言える」
試しにサトゥルに作らせてみることとして、ノトスは研究室に戻った。
「サトゥル、ちょっと良いか?」
「何だい?」
サトゥルは、正八面体のコアを見せて、作ってみて欲しいと頼む。
「角を一か所、ほんの僅か、それこそ結晶一つ分だけ削った形のものを作って欲しい。
100%正確率のものは、暴走するから駄目だ。
ほんの僅かに、欠陥とも言い切れぬ程度の欠陥があると助かる」
「ノトス兄ちゃん……俺、作業初日だよ?
そんな高精度のコアなんて、まだまだ作れないよ……」
「ああ――それもそうか。
取り敢えず、忘れても構わないが、出来れば心の片隅にでも気に留めておいて欲しい。
このコアは、実用性が確認出来た」
「あとさぁ、この結晶って、多分、ミスリル銀だぜ?
こんなデタラメな作り方をするものだとは知らなかったけど、特徴がミスリル銀にスゲー似てる」
「ん?――ああ、そうだったな。忘れかけていた。
――で、ミスリル銀であることが、何か重要な要素を含んでいるのか?」
「ん、やっぱりミスリル銀だったんだ。
ミスリル銀だと知っていれば、もうちょっと精度が上げられる筈」
その日、最後にサトゥルが仕上げたコアは、ノトスが合格点を言い渡すぐらいの良い出来であった。
土鉄は、技師の種族故に、同じ作業の繰り返しを然程苦にしない種族であった為、この作業には最適と云えた。
そして、その晩にサトゥルは、『土鉄の黒酒』を、お猪口にほんの一杯飲んで、満足して眠りに就くのであった。