第23話 楓のプログラム
「ここ、トラップだな。……いや、そんなことを言ったら、ここもトラップに見えるし……。
おかしい。これは、世界一のスーパーコンピューターである僕の力を以ってしても読めないデータが、メモリーワイヤーの中に含まれているとしか思えない!」
紗斗里は、そう決断を下した。つまり――
「このプログラムは、専用のコンピューターを使って組み込まれた事は間違いない!
それなら、僕が負けるのも道理だ!」
ということである。
「困ったな……。これではワクチンが組み込めないぞ」
「――ってことは、俺が今までやって来た仕事は……」
疾風が物凄く嫌そうな顔をしてそこまで言うと。
「無駄、ですな」
紗斗里がトドメの一言を放った。それから紗斗里は唸るように言った。
「むぅ……。なかなか奥が深い、メモリーワイヤー。
いや、そうでなくては、人間に超能力を目覚めさせることは出来ないか。納得、納得。
僕にそれが出来なかった訳だ」
「紗斗里、興奮しているの?口に出さない情報処理が、物凄く加速しているけど」
「フッ。まるで、ライバルを見付けた気分だよ。
まさかとは思っていたが、お陰で一層、やる気が出て来た。
楓。昨日、君が組んでいたプログラムを、僕に打ち込んでくれないか?」
「えっ?でもあれ、完成していないよ?」
「僕が完成させるから問題ない。
君がもっとしっかり、メモリーワイヤーに記憶させるとかいうことをしておいてくれていれば、その必要は無かったんだが」
「それなら、トランスして見て貰った方が早くないかな?
そもそも、僕は今、あのノートを持ってきていないよ。
記憶しておかなかったのは、ノートに書いてあるから、そっちで代用出来ると思ったからだし」
「持ってきていなくても、テレポートで取り寄せればいいだけのことじゃないか。
急いでくれ」
……ポンッ。
楓は手を打ち鳴らした。
「その手があった」
早速、楓はサイコワイヤーを伸ばす。
「おいおい、何の相談をしているんだ?」
この疾風の質問に、紗斗里はニヤッと笑って見せたかっただろう。こう言ってやった。
「ただの悪だくみですよ」
「……具体的には?」
「ウィルスを食うウィルスですよ。ウィルスを、他の都合の良いプログラムに書き換えてやるんです。
この辺、人間は――特に楓は優秀だなぁ。僕には無い発想だ。
楓を、僕のパートナーにしてくれて、感謝していますよ、皆さん」
紗斗里が自身で「僕にはない発想だ」と言う辺りが、楓が紗斗里を「あまり賢くない」と言う理由だ。
想像力では、未だ、紗斗里は人間に遠く及ばないのである。
気が付くと、楓は一冊のノートを手にしていた。
「トランスしていいよ、紗斗里」
「やれやれ。入力も僕に任せるということですか。
……まあ、言い出した時点で反対しなかったし、その方が早いからね。
楓。このプログラムがこんなに早く役に立つとは思っていなかったでしょう?」
「うん。完成したら、専門家の疾風おじさんに見て貰おうと思っていたんだ」
他意の無い言葉が、疾風の胸に突き刺さった。
本来、それは疾風がすべき仕事だったのだ。
それを、小学2年生の子供にやってもらう事になろうとは……。
楓が紗斗里になって、ノートを1ページずつ、じっくりと見て行く。
読み進めて行く内に、紗斗里の表情が七色に変化していく。笑い、悩み、睨み、唸り、感心し、また笑い、ドヤ顔をする。
「これが、小学2年生の作ったプログラムとはねぇ。
幼い頃から僕に触れていたと言っても、驚かされますよ。
参考に、ご覧になりますか、疾風?
僕は入力を終えましたから、貸して差し上げますよ」
「どれどれ」
疾風が紗斗里からノートを借りて見てみると、そこには究極の言語・Ω言語で書かれたプログラムが綴られていた。
確かに未完成だが、斬新な発想によるプログラムだ。
ウィルスのようでありながらウィルスでなく、ワクチンのようでありながら、ワクチンで無い、不思議なプログラムだ。
ウィルスを侵食するプログラムだから、何処にウィルスが潜んでいても関係ない。これを利用すれば――
「これを応用してデュ・ラ・ハーンに都合の良い改造を加えれば、商品化も可能ですよ」
「ちょっと待て。俺はコンピューターじゃないんだから、コンピューター言語は翻訳しなければ理解出来ないんだ。
お前みたいに、実際に走らせてみて結果から推察するなんて芸当は出来ないんだから、そういうことは俺が読み終わってから話そうぜ」
「僕だって、未完成のプログラムを走らせてみて、結果から推察するなんて芸当は出来ませんよ。
仕上がっていない部分を、楓の脳を拝借して完成形を知り、全体像が見えてようやくですよ。
マシン語を読むよりは読みやすいと思いますがね」
疾風は無視した、というつもりは無いのだろうが、紗斗里のその言葉には答えず、そのノートに書き込まれたプログラムを読み進めた。
読み進めて、次々とページをめくって、めくった先が白紙になっているところで、声を上げた。
「えっ?えーっ!?これで終わり?何を行うプログラムなのか、全然書かれていないじゃないか。こんなもの、理解できるかよ!」
「まあ、僕には楓の意図するものが何なのかという予備知識がありましたからね。
けど、結構、要点を示す命令はちりばめられていましたから、全く理解できない、ということは無いと思いますが」
「……まぁ、多少は分かったけどよぉ」
「そこはまぁ、普段から頭の中でΩ言語を走らされている楓ならではのプログラムだ、っていう要素はありますからね。
疾風が理解出来ないのも、その差があるからと言ってしまえば、それまでの理由ですがね。
あ、そうそう。睦月先生、あまり心配なさらないで下さいね。
寿命を10年延ばすプログラムを諦めた訳ではないですからね。
それを完成させるために、ウィルスを侵食するプログラムを、楓から譲り受けただけですから。
当分は、楓の作ろうとしたプログラムの作成に専念しますが、1年あればそっちのプログラムも完成するでしょう。
……睦月先生?聞いてますか?」
呼び掛けられた睦月は、瞬きを一つして、紗斗里の方を向いた。