第24話 本気モード
……おかしい。
スキルゲージが尽き、ライフも無きに等しい状態で副将戦まで勝ち上がったケント。
……おかしい。
心の中でそう呟いたのは、何度目の事だろう。
「スマン、後は頼んだ!」
流石にそんな状態では、ほとんどダメージを与える事も出来ずに負けてしまう。
「任せとけ!」
ケントと手を打ち合わせてから筐体に向かう圭。いつものおちゃらけた様子は見られない。
「半分は削って来いよ!」
「馬鹿言うな!一人は倒して見せる!」
筐体に入る寸前に、鋭い視線が俺の方へと向けられた。正確には、もう少し斜め下の方に。
「……何か、怖いくらいですね」
降籏さんがそう言うのも無理は無い。
俺の目から見ても、3人が突如として闘志を燃やし、殺気すら覚える程のオーラを纏っているのは明らかだ。
昼も、3人はコンビニに寄ってゼリー状の栄養ドリンクのみという気合の入り様。
2回戦は、何と3人で勝ち上がってしまっている。
この調子だと、3回戦もそうなりそうだ。
「ホント、何があったんだか」
店内ではもう半数以上のチームが負けてしまい、残っているチームの中、俺たちは抜群の強さを見せている為、観客の多くは俺たちの試合を見に集まっている。
問題は、彼らは俺たちが勝つ度にがっかりとした表情を見せる事だ。
それも、落胆した声を上げる等、かなりあからさまな態度を見せているので、俺としては少し気分が悪い。
試合に集中している3人はそんな事には構いもせず、降籏さんは気付いているのかどうかすら、定かではない。
……鈍そうだし、気付いてないんだろうな。
「「うわあああああ!」」
ケントと真次の悲鳴が上がった。
見れば、スクリーンの中で巫女服を着た圭の持ちキャラ・シズカが、かなり痛そうな技に捕まっている。
残りの体力を考えれば、もう負けだろう。
嘆く2人とは対照的に、観客の反応は喜ぶやら安堵するやら……。
戦いづらい嫌な環境だな、しかし。
「真次!おまえの実力を見せてやれ!」
「あんな相手、俺の実力じゃ勝てねぇよぉ!」
ケントの激励に、真次が随分と弱気な発言をした。
「うるさい!なら実力を500%絞り出せ!」
「パーセントの使い方が違ぁぁぁぁう!」
弱気な事を言いながら筐体に入った真次だったが、意外にその動きは良く、ライフのほとんどが残っていたその相手を、相打ちにまで持ち込んだ。
おかしな拘りを捨てれば、真次は十分に強いと思うんだけどな、俺は。
「頑張って下さいね、蒼木さん。負けても私がいますから、リラックスして」
降籏さんが俺に言うが、『負けても』というのが気に入らない。
「負けねぇよ、もう」
強気に言い放つ。
「負けたら承知しねぇぞ、蒼木ぃ!」
「手ぇ抜いたら、ぶっ殺す!」
「勝てなかったら、お前のジャック、没収だからな!」
物騒な応援団もついていることだし、これは負けられないなと思ったその時。
「負けちゃえばいいのに」
観衆の中から、囁くようなほんの小さな声が聞こえた。
それを聞き逃さなかったのは、奇跡に近い。
「誰だ、今のは!」
声は女性のものだったが、俺は構わず怒鳴った。
今までの連中の態度にもムカムカしていたのに、よりにもよって「負けろ」などと言われては、我慢しろと言う方が無理な話だ。
睨みつけても名乗り出る筈も無かったが、この会場に女性は少ない。
すぐに目星をつけて、中指を立てて『Fuck You!』。
決して褒められた行為では無いが、相手の発言と比べれば可愛らしいものだろう。
「……誰か、眼鏡を持っててくれ」
とにかく、その一言は、俺の心に火をつけた。
「おっ、蒼木先生、本気モード」
茶化す圭を睨みつけ、外した眼鏡を差し出す。
圭は肩を竦めながらも眼鏡を受け取ろうと手を差し出すが、脇から伸びて来た手がそれをさらう。
「見づらくても、大丈夫ですか?」
俺の眼鏡を受け取って、心配そうな顔をした降籏さんが言う。
返事をすると乱暴な言い方になりそうだったので、俺は無言で頷くと筐体に入った。
「心配する事無いよ、百合音ちゃ……降籏さん。どうせ、伊達メガネなんだから」
筐体の中に消えた蒼木の代わりに、圭がそのことを説明した。
「そうそう、眼鏡かけてりゃ、体育会系のサークルに勧誘されないからって掛けてるだけなんだから」
「蒼木の奴、運動は得意なクセに、あんまり好きじゃないらしいからなぁ」
「今のアイツには、ジャンヌ・ダルクでも勝てないよ」
真次のその例えは、彼女の機嫌をいたく損ねたらしく、柔らかそうな頬がプクッと膨らんだ。
「それ、どういう意味ですか!」
その態度が余りにも可愛らしく、3人は声を上げて笑い出した。
やがてスクリーンにジャックと対戦相手の名前と姿が表示される。
クリムゾン・スターという名前の、赤い装甲服姿のゴッツい銃を持つキャラクターだ。
「へぇ、聞いた事のあるような名前だな」
ケントがのん気に、そんな事を言う。
「2年前の個人戦の優勝者ですよ」
降籏さんの一言で、3人の笑顔が凍り付いた。
「ヤバいじゃねぇか!俺たちのレベルで勝てる相手じゃねぇぞ!」
先程の言葉は何処へやら。
「相手がジャンヌ・ダルクでも勝てると言ってたじゃないですか!」
「言葉の綾だよ、そんなもの!」
百合音の頬が、再び膨らむ。
「駄目だぁ!また降籏さんが出てしまうぅぅぅぅ!」
「このままじゃ、俺たちは単なるワンマンチームに……」
3人は、負ける事を心配しているのではない。
このままでは自分たちが単なる頭数として見られてしまうのではないかと心配しているのだ。
「大丈夫ですって!」
落ち着きの無い3人を、百合音は必死に宥めようとした。
彼女だからこそ効果が無いということを、本人は気付いていない。
「蒼木さんは、彼女に負けた事なんて、一度もありませんから!」
最早彼女の言葉は、3人には届いていない。
「「「うぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」」」
彼女の努力も虚しく、3人が悲痛な叫び声を上げる中。
絶望視されているその試合が、始まった。