第60話 最適化
その頃、大和カンパニーでは。
『ダーク・キャット』の型番『CA‐G7』の完成を迎え、大量生産の為に疾刀の髪の毛が培養されていた。
「皆、お疲れ様」
課長にまで出世しても、尚、第二開発室の室長を兼務する篠山 多紀はそう、皆を労う言葉を発した。
「正直、性能の限界なのよね。
コレ以上は、風魔君以上のアンチサイ能力の才能の持ち主が必要なのだけれど……。
他の人と、明確に差がある風魔君以上の才能って言われても、100年に一人、居るか居ないか。
だから、今後はこの『CA-G7』を主力商品として売り出すわよ!」
「「「はい!」」」
式城 紗斗里を以て、『アンチサイの才能なら疾刀の方が上』と言わしめる才能だ、勝てる者がそう簡単に現れるとは思えない。
「それにしても、疾刀、バッサリ切っちゃったのね。
今度もまた伸ばすの?」
新見 奈津菜がそう問う。対して疾刀は。
「ええ。切ってさっぱりとしたのも確かですが、髪はセンサーの役目を果たすとも言われますからね。
手入れは大変でしたが、伸びる頃にはまた必要になるかも知れませんし」
「性能の限界って言ってたけど、なら、次は何を開発するのかしらね?」
「多分、コレだと思いますよ」
そう言って疾刀が懐から取り出したのは、一本のペン状の何か。
「『ダーク・ライオン』。試作機でしたが、完成に至るまでには、紗斗里ちゃんの協力が必要でした。
でも、今、紗斗里ちゃんはこの第二開発室付の社員ですから」
「核にも耐え得るんですって?
でも、商品化するには何が足りなかったのかしら?」
「僕が答えましょう」
奈津菜の疑問に、紗斗里が口を挟む。
「それは、概念処理型プログラミング言語『Ω言語』に、『バリア』と云う単語の具体的な性能の設定が足りなかったのですよ。
正確に、その性能の限界まで引き出せる具体的な数値化等の情報が足りなかったのです。
勿論、『僕』には『バリア』の定義付けが出来ていますから、単三電池二本で驚きの性能を発揮します」
「ふぅーん……」
奈津菜は、判ったフリをして相槌を打つ事しか出来なかった。
「ソレって、改良する時に数値の設定、大変じゃない?」
「いいえ。引数を使って定義付けをしてしまえば、後で引数の数値を書き換えれば、アッサリですよ」
簡単に言ってくれる、等と奈津菜は思ったが、ソレは口にしない。
「そう。なら、私たちがプログラミングをしても、作れない訳じゃないのね」
「勿論。定義付けする数値の種類や正確な数値を割り出すことが出来れば、ですけれど」
今度は、いきなり難しい問題になった。
何の数値を設定すれば良いのか?しかも、数値を設定する対象も割り出さなければならない上に、その数値が正確でなければならない。
「……意外と難しいのね」
「ええ、そんな簡単な事では無いと思いますよ。
単に僕が概念処理型プログラミング言語で作られていて、自我を持つレベルの『AI』であるから、可能であるだけであって。
本来は、手探りで設定すべき数値の種類と具体的な数値を、低めの設定から始めて限界を探っていく事が必要とされますから」
「えーと……つまり……」
奈津菜が理解を示し始めて、質問を投げ掛ける。
「紗斗里ちゃんなら、限界ギリギリの数値で設定を出来るの?」
「ええ。然程難しい事ではありませんね。
但し、どの要素を強くするのかによって、バージョンは幾つか出来ると思いますけれど。
全ての能力が最大限に発揮される、なんて事よりも、この一点に特化した、と云う商品を作る方が、遥かに楽ですから」
「待って。
じゃあ、何?最初から、複数のバージョンを作る事を前提として制作しなければならないの?」
「そう云う事です」
紗斗里はサラッと簡単に言うが、奈津菜には頭の痛くなるような情報であった。
「安心して下さい。数値の計算は僕がやりますから。
皆さんは、どう云った性能に特化した商品なら売り物になるか、ソレを見極めていただければ結構です」
「えー、ムズー」
奈津菜は考える事を放棄してそう言い放つが。
「比較的簡単ではありませんか?
持続時間、バリアの強度、電池の消耗……直ぐに思い付くだけで、ホラ、三つもあるじゃないですか。
そして、指定すべき数値の割り出しが済んだら、それらの数値の平均化と極端化の二種類の方法を用いて設定を考えれば……。
無数、とは言いませんけど、6つ7つは楽に思い付くと思いますよ?」
総司郎――否、言動のコントロール権を握った疾刀が表面化して、意見を述べた。
「でも、紗斗里ちゃんと総司郎君が協力したら、アッサリなんじゃないの?
それとも、私たちに斬新なアイディアを求めるの?」
「ええ、まぁ。何しろ、潜在的にどんな需要があるのかが判りませんから。
――僕も考えますけどね」
けれど、奈津菜は平均化と極端化を行ったら、他にやることは無いだろうと思っていた。
過剰な性能を削り、上手い具合に中途半端にする。
ソレは、『AI』である紗斗里や総司郎が考えるよりも、人間である奈津菜が考案する方が、良かれと思ってのことだ。
上手い具合に中途半端にする。
ソレは、ある意味『最適化』なのだが、未だ奈津菜は、その事に気付いていないのだった。