第59話 新年の挨拶
雪がほぼほぼ融けた頃、新年を迎えた。
デッドリッグ達は、皇城に挨拶に向かわなければならない。
だが、然程焦って支度をする必要も無かった。
『飛車』の商品化第一号が、デッドリッグに届けられたからだ。
挨拶も、デッドリッグと正室のローズさえ行けば良い。
ローズはドレスを、デッドリッグは公爵家の制服を着なければならないので、皇城に着いたら着替えるよう、持ち込まねばならない。
他の物は大抵が城下町ででも買い物すれば良いだけなので、多少の現金を持てば良い。
但し、ただ一点、デッドリッグが皇帝陛下に献上しなければならないものがある。
薔薇の模様を内部に刻んだダイヤモンドだ。
昨年は、領地経営に慣れていないが故の忙しさから、『新年挨拶の免除』の手続きをしてソレが通った。
雪が融ける迄は、楽器の演奏の練習をしていたりと、余裕のある生活をしていたのだから、今年は挨拶に行かなければダメだ。
着替えの時間は、公爵家の中では新参者とあって、十分な時間が確保出来る筈だ。
ダイヤは大切に化粧箱に入れて、デッドリッグの手荷物の中だ。
城に着いたら真っ先に確認し、バルテマーか宰相のどちらかに預ける予定だ。
結果、宰相に渡す事となり、『欲しいのであれば、次回、また持ち込みますが、紛失した場合、宰相閣下と云えども、それなりのご覚悟を』と宣言し、欲しいとも言われた。
ただ、その『次回』と云うのが、いつになるかは不明だ。来年の新年の挨拶の際になるかも知れない。
「ところで、ケン公爵領では、新しいソースを開発していると聞いているが」
「フム……。閣下も求めるんであれば、皇城に納品し、ソレを税の一部として納めますが、それで宜しかったでしょうか?」
「ウム。その際に、コレも頼めぬか?」
『コレ』とは、ダイヤである。
「ええ、取り急ぎ、用意して持って参ります」
「そうか。で、あれば、儂はコレを陛下に届けて参ろう」
「よろしくお願い致します」
「ウム。任せておけ」
そうして、着替えが済んで順番を待ち、皇帝陛下に挨拶をする。
「陛下、昨年は失礼を致しました」
「ウム。成果の程は、伝え聞いて居るぞ。
して、また厄介な物を持ち込んだものだ……」
そう言って、皇帝カスパー・カイザー=エンピリアルはダイヤを玩んだ。
「世の女が狂うぞ?」
「……量産しろとご命令でありますか?」
「──出来るのか?」
「ある程度は出来まする」
カスパーは呆れ果てて玉座の向かって右に座る皇后陛下へとダイヤを手渡し、「好きにせい」とだけ。
「『たこやき』なるもの、美味であった。レシピを厨房長に提供せよ」
「ハッ!」
デッドリッグはマヨネーズのレシピも同時に公開しなければならないのだろうなと予想する。
「新年の挨拶、ご苦労であった。
次が控えている故、また来年であるな」
「ハッ。失礼致しまする」
そう言って玉座の間を出る迄が新年の挨拶。
ソレが終われば、帰れるのだが。
「ローズ、たこ焼きのレシピを求められちゃったよ」
「こんな事もあろうかと、一応、簡単にレシピは纏めてメモを持って来ております」
「流石はローズだね。用意が良い」
「これ位しか、出来ませぬ故」
「十分だよ」
厨房に寄り、レシピを渡して、さあ帰るぞとなったその時に。
バルテマーと出くわした。
「兄上、新年おめでとうございます」
「ああ、おめでとう。
しかし、ローズを始めに4名もの退学者が出るとはな。
そんなに、急いで領地を開拓したかったのか?!」
「ええ。寒冷地の開拓ともなれば、相当な至難と思いましたが故」
「成績優秀者4名もの退学に、高等学園ではちょっとしたショックが走ったよ」
「兄上、私めも急ぎ領地に帰らねばなりませぬ故」
「まぁ、そう急くな。新年の挨拶のついでであろう。
順調とは聞いているが……」
「まぁ、想定していた最悪のパターンは避けられましたね。
ですが、今後、砂糖の値が下がるかと考えると……。
近い年月に、経済的に苦しくなるかと思うと、憂鬱でなりません」
「ハッハッハ。謙遜が過ぎるぞ。
俺には、経済的な伸び代が見えている。
そりゃ、輸出する題材が無いと考えると、伸びないと考えるのであろうが──
例えば、紙を大量生産するとか、その程度のアイディアはあると思ったのだがなぁ……」
「──紙。成る程。
ですが、樹木も無限にある訳ではありませぬ」
「植樹すれば良かろう。
それに、何やら面白い物を創ったと訊いたのだがな」
「はて……。動画の映写機の事でしょうか?」
「それだ!」
バルテマーは鬼の首を取ったの如く、喜色満面に言う。
「一作目は上映したと訊いた。演者もそうであろうが、貴公らもそれなりに儲けたであろう?」
「まぁ、銀幕のスターの誕生を願って、次回作も創りたいと思っておりますが……」
「デッドリッグは、自らが銀幕のスターになろうと云う欲は無いのだな」
「富裕層を増やそうと云う方針の一環でもありますし──」
「そうそう、税制を変えたらしいな?」
「ええ──」
随分と知られているものだなとデッドリッグが思うと、ローズが二人の間に割って入った。
「今回は、新年の挨拶に御座いますれば、政策の話まで持ち出すのは、如何なものかと愚考致しますが」
「だから、デッドリッグの信念の程を聞き出しておきたかったのだが?」
「で、ありますれば、我々は政策を以て、夫の信念の程を連絡しております。
裏取りに時間を割かれましては、それだけ貴重な時が失われてしまいまする。
どうか、皇城への報告を以て、推察して頂きたく存じます」
「そ、そうか……。貴重な時間をスマヌな。
ああ、映画の方、皇城に俺が居る時に、一度上映して頂きたく思う。
宜しく頼むぞ」
「そうそう、我が夫を擁護して頂いた件、有り難く思いまする。
では、コレにて」
「あ、ああ。イデリーナの進言に従ったに過ぎぬ。気にするな。
ではな」
「???」
デッドリッグには不可思議な会話が一部交わされたが、重要な事であれば、ローズの方から言って来るであろうと、そう判断した。
兎も角、これで無事に、ケン公爵領へと向かえるなとデッドリッグは思ったのであった。