第2話 新勧
真新しいブレザーを着る、数十人の新入生たち。
彼ら・彼女らの前方にあるステージで、上級生が我が部へ勧誘せんと、熱く、熱く演説する。
パフェも所属するアーチェリー部は、その際に若干の利点を持っていた。
実演。
体育館の端から端。約20メートルの距離から放つ矢が、的の中央『金』を射抜く。
目の前でのデモンストレーションに、歓声が沸くのも当然。
『金』は、リンゴよりは大きいものの、的全体の大きさは半畳よりもやや小さいので、未経験者には小さく思える。
中学で既に経験者という奇特な例は、日本ではほぼ皆無。
ウィリアム・テルやロビンフッドのような芸当は、アーチェリーの性能が上がった現在、さほど難しくは無い。
――もっとも、ロビン・フッドが使ったのはボウガンらしいのだが。
競技上、禁止されているルールを破れば、更に命中率を高めることも出来る位だ。
その、『金』という呼び方は、アーチェリーの世界での独特のもので、色自体は黄色。的の中央部、10点と9点のゾーンを指す。
風の無い、インドアという環境。
インドアで、アーチェリーを競技として行う場合、的までの距離も短くなる。
18メートル・25メートルでの練習も、決して少なからず行っているパフェとウィリアムは、三本ずつの矢を、全て10点の更に内側、『インナーテン』の円内に収めた。
拍手は、盛大を極めた。
今日、一番の印象を与えたことだろう。
ここまでは、いい。
問題は、必要なお金!
一通り揃えるのに、20万~30万はかかる。
受験を理由に引退する先輩から売って貰うという手もある。
良心的な先輩なら、1万~2万位で譲ってくれる。
だが。
それだけでは済まないのだ。
半消耗品である、『矢』は安いものでも一本2千円以上!
しか~も!
矢は、腕の長さを始めとする体格によって、使うべき長さが違うのだ。
一般的に、その長さは両手を合わせて真っ直ぐ前に伸ばした時、胸の中央から中指の先端までの長さのものが良いとされる。
それを、十本は揃えておかないと、大会に出るのは無謀だ。
的に刺さった矢に、その後から射た矢が当たると、壊れる事がある。
大会中に、もしも矢が壊れたら。
必要最低限の三本しか持たずに大会へ挑んでいたのなら。
途中で、足りなくなる。
――わざと、少しズラせば良い?
とんでもない!一つの的を利用するのは、アーチェリーの大会で一人ではない!
もし、他人に矢を壊されても。
責任は問わないというのが、暗黙の了解事項なのだ。逆の立場もあり得ることが原因だろう。
「ノック、一個壊れちゃったよぉ~」
「いつものことだろ」
出番を終え、矢の回収中に、パフェは嘆いていた。
「ノックだけで済んでたら、御の字と言えば御の字だけど……」
ノックは、矢をストリング(弦のこと)へと引っ掛けるための部品。
安い部品だし、普通は予備を用意してあるから、それだけで済めば大して気にすることじゃない。
「矢も、買い足さないとなぁー」
「そんなに壊したのか!?」
「大会に備えて!
アタシ、来年は日本一になるから。
ンでもって、再来年は世界一!」
ウィリアムは、別に驚きも侮蔑もしなかった。
「パフェなら出来るよ」
まるで、当たり前に出来ることのように言うが、パフェはそれだけでは不満。
「アンタも!狙うの!」
ヘッと、ウィリアムが嘲笑。
「無茶、言うなよ。
確かに、僕は最高得点は高いよ?でも、それもパフェに超えられちゃったし。
平均得点は、決して高くない」
「七百点を、何度、上回った?」
忘れた訳では無いけれど、ウィリアムは返答を迷った。
「……三回」
「それがもう一度、都合の良い時に出ないと、何故、決め付けるのよ!」
「都合が良い時に出るって決め付ける方がおかしい」
ネガティブな発言に、軽い怒りを覚えたパフェが、ウィリアムの胸倉を掴んだ。
「十回に一回、その成績が出せるようになれば、大会に5回出れば、五分五分ぐらいの確率で優勝出来る。
都合の良い時に、最高の点数を出せる気持ちの持ちよう。それを、人は自信と言う。
アンタ……それだけの腕を持っていて、どうして自信を持とうとしない?
それだけの才能を、求めても与えられない人なんて、五万といるのよ?」
「ネガティブに生きる楽しさだって、この世の中にはあるんだ。僕がどんな生き方をしようが、僕の勝手じゃないか!」
振り払おうとするが、パフェの力は尋常ではなかった。
「世の中にはね、勝手に生きることを許されないだけの能力を持った人間というのがいるの!
アンタも!アタシも!それに含まれているの!」
「僕も、こんな学校になんて、来たくなかった。工業高校へ入って、卒業したら即就職。それが……。
……分かったよ。日本一は、目指す。だけど、日本一になれない内は、世界一を目指すことはしないよ。
それでいいだろう?」
言っておいて、ウィリアムは自分で不満を感じながら、それでもパフェが納得しそうな様子を見て、一安心。
「OK。
今日の放課後、キンウェイに付き合ってよ。矢の注文だけ、しに行くから」
「……練習は?」
言いながら、胸倉を掴んだままのパフェは手を除けた。力はほとんど加わっておらず、軽い力で容易に目的が果たされる。
「私は、大会に向けてのコンディションを整える為、今日は休んで、帰ってから軽く筋トレ・柔軟と走り込み。……付き合う?」
「……まあ、構わないけど」
嫌々、という気配が僅かに感じられなくも無い。
でも、パフェは一緒に日本一を目指すことに同意したことを妥協の理由に、その態度を許すことにした。
「アンタは、中学の頃から始めているんだから、一度は優勝しとかないと。
……あ、そうそう。新入生が入ってきたら、指導、お願いねー。
顧問の先生を除いたら、アンタが一番の経験者なんだから。
ヨロシク!」
ウィリアムは、深くため息をついた。