第4話 新作の商品化
「何処へ行っていたの、三人とも?」
会社に戻ってみれば、既に時間は三時を回っていた。チーフである篠山も既に到着していて、その視線が三人に、手にした紙袋に、そして楓にと巡らされた。
ちなみに、彼女が一番年上で、それでもギリギリ20代に留まっている。
「聞いて下さいよぉ、チーフぅ~」
奈津菜による言い訳が始まった。コレが始まると長いのだ。お許しの言葉を相手から引き出すまで、彼女の舌は止まらない。
いつも篠山はそれにしつこく云うのだが、今日は何故か、あっさりと引き下がった。
「もういいわ。
そんなことより、仕事の方の進捗状況は?」
「私は未だでーす」
奈津菜の担当しているのは、CA-D用の新しいソフトの基礎部分だ。
少し前までは疾刀の手伝いをしていたが、一人で仕上げられる段階に達し、もう手伝いは必要無くなっているので、次の為の準備をしているのだ。
「私は、あと一ヵ月はかかりそうです」
「僕は、あと三日もあれば、試作品の段階に入れますが」
千種に続いて、疾刀は云う。
「試作品なんて言ってられないわ。即、実戦投入よ。
コレを見て頂戴」
篠山が、部屋の中央の机の上に置いてあった紙袋を横倒しにして、中身を転がす。疾刀らが出掛ける前には無かった物だ。
中から出て来たのは、2センチ立方ぐらいの大きさの、小さな立方体のキューブだ。そのどれもが大きく欠けて、壊れている。
「電池の部分が、無くなってますね」
設計を主に担当する千種には、一目で分かったらしい。
損害が小さい物には、CA-Cと型番が刻まれている。
「どれもCA-C7よ。つまり最新型。
どうも、狙われているらしいわ。確か、コレのプログラムを担当したのは風魔君だった筈よね?」
「はい、そうです」
半年ほど前に仕上げたもので、疾刀ははっきりと覚えている。
『カザマステップ』と名付けられた、疾刀の両親が開発した動きを取り入れたので、ジャミングするソフトの違いはあれ、性能をフルに発揮させれば、範囲型のジャミングシステムと同等の働きをする。
ユーザーの評判も良かった筈だ。
「『ドラゴン』っていうソフトを使って、電池に直接エネルギーを送り込むと、こういう風になるらしいわ。
『ドラゴン』は知ってる?」
疾刀は知っていたが、奈津菜と千種は知らなかったようだ。
特殊タイプソフト、『ドラゴン』。エネルギーを操作するタイプのソフトの、基本となるソフトの筈だ。
エネルギーを変換する能力が無く、出来ることと言ったら、物を破壊するぐらいしか無い。
他国では軍事利用も計画されているという。
篠山の説明も、疾刀の知識と変わらない。
ただ、特殊タイプのサイコソフトを使えるのは6レベル以上の能力者であることが付け加えられた。
「僕より、二つ上のレベルですね。
まあ、レベルが強さの全てではないですけど」
正式な測定等が行われている訳では無いが、一般的に能力の強さを区別するラインが定められている。
疾刀は4レベル。つまり、複合型のサイコソフトが使用出来る程度の能力であるとされている。
二つ以上のサイコソフトを同時に使えるようになれば、5レベルという事になる。
「6レベルの能力を発揮出来る人は、十人に一人と言われているわ。
免許制度が導入されるようになれば、犯人の絞り込みも楽なんだけどね。
まあ、無い物をどうこう言っても仕方が無いわ。
警察には、『ドラゴン』を手に入れる事が可能だった人物を中心に当たって貰ってるけど、今の警察じゃ手に負えないだろう、って。
ま、警察もダークキャットのお世話になってるんだから、当然と言えば当然ね。
それで、私たちにはその警察からの依頼が来ているの。新作を急いで欲しい、ってね」
「物騒ですね、『ドラゴン』とは。他の犯罪に走られると、手に負えませんからね。
分かりました。では、休日返上で頑張ります」
「え~っ!ひょっとして、私たちも~?」
口を尖らせて不平不満を述べる奈津菜。口には出さないが、千種も不満そうだ。
「あ、僕一人で十分ですから。
遅くとも、月曜には仕上がると思います」
「ありがとう。
その分、ボーナスに上乗せして貰えるよう、上の人に云っておいてあげるから」
「ずるい~!」
いちいち文句を言う奈津菜に、篠山は呆れ返る。
説明会の苦手な疾刀にとっては良い手助けとなっている彼女も、篠山の目から見れば、この開発室の足手纏いにしか思えない。
「文句をあれこれ云う前に、それだけの結果を見せたらどうなの?
そうそう、あなたが手を加えたところ、また他の開発室の技術が使われているって、苦情が来てたわよ」
「良いじゃない、同じ会社なんだから!
大体、他の開発室だって、『カザマステップ』を使ってるじゃないのよ!」
「まあまあ、お二人とも落ち着いて……」
剣呑な雰囲気になった二人の間に、千種が割って入る。
去年までは、それは疾刀の役目だった。
千種が入ってきてくれたおかげで、随分と疾刀は楽になっている。
「ああ、それと、その子は何?」
「僕の義理の妹で、楓と云います。
迷惑はかけさせませんので、見学させてあげてもらえませんか?」
「それは構わないけど……有望そうなの、その子?」
「さあ、それはどうでしょう」
疾刀も、幼い頃に何度かココに連れて来られたことがある。篠山が楓に期待を寄せるのは、そのことを疾刀の両親から話を聞き、知ってのことだろう。
「あら、もうこんな時間。
あなたたちを待っていたお陰で、随分と時間を食ってしまったわ。
じゃあ、後の事はお願いね。
私は、他にも回らなくちゃいけない所があるから」
腕時計を見ながら、「チコク、チコク」と小声でぼやき、篠山はそそくさと部屋から出て行った。
散らばっていたダークキャットの残骸は、疾刀が紙袋の中に片付け、早速仕事に取り掛かる。
「い~な~、特別ボーナス」
「ボーナスが出たら、何か奢りますよ」
「よろしい。それで手を打ってあげよじゃないの」
奈津菜が機嫌を直し、ようやく仕事に集中できるようになった。
月曜までにはと言ったが、疾刀としては土日で仕上げてしまうつもりで、しっかり集中力を高めて仕事に取り掛かった。
だから。
楓が落ちていたダークキャットを拾い、ポケットにしまい込んだ事には気が付かなかった。