第39話 断れぬアポイント
デッドリッグが2年生になって間もなく、バルテマーがデッドリッグにアポイントを取って来た。
「こうして二人で顔を突き合わせるのは、久し振りかも知れないな」
勿論、デッドリッグには『断る』と云う選択肢は無く、二人、『セブンス・ヘル』の個室でお茶を飲んでいた。
「して、何の御用で?」
「いや、なに。
この度、俺はダグナとイデリーナと、婚儀を挙げる事になった。
ついては、ウェディング・ケーキの調達を願いたい」
「アレは……、ローズ達が用意したものであって、俺が用意した訳では無く──」
「んンッ!
一国の皇太子が、弟の嫁に頭を下げてお願いすると云うのは、外聞が憚られる事であるから、こうしてお前を経由して願っている。
一応、支度金も用意してある。
コレで、デッドリッグの時のよりも良い物を、……と云うのは、相当無理な願いであるから、お前の『公開処刑』を、穏便にするか、若しくは無い物としても……。
そう考えているのだが、頼めるかな?」
「より良い物を、と云うのは難しいと思いますが、出来るだけローズ達に頼んでみますよ。
……で、コレは代金として預かって宜しいので?」
デッドリッグは、バルテマーが差し出した、大金貨が10枚入った袋を持ち上げた。
「ウム。
作る過程は任せるから、運ぶ分にはコチラから人を派遣しよう。
どうか、宜しく頼んだぞ」
バルテマーは、注文書を一枚とその言葉を言い残して去った。
その代わりに押し寄せる、デッドリッグの嫁たち。
簡単に話を纏めて説明すると、皆が難しい顔をした。
「どうだ?出来ないのか?」
「どうせなら、果物の成りが良い秋にして頂ければ、幾分かは豪華なケーキが出来たのですが……。
春先にそんな依頼を出されても……ねぇ?」
頷く嫁たち。一人、ローズだけが居ないが、ローズにも相談の必要はあるだろうと、デッドリッグは考えた。
「でも、イチゴ、甘夏、デコポン、はっさく、マンゴー、キウイフルーツ、枇杷と、春が旬の果物も多いですけれども」
「じゃあ、それらを一通り調達して、ケーキに乗せて、ソレで誤魔化すか」
「うーん……滅茶苦茶な味になると思いますけど、ソレで構いませんか?」
「グルメに飽きた貴族の連中には、滅茶苦茶な位の方が、舌に新鮮で良いのではないかな?」
「判りました!
ローズ姉様に相談しておきます!」
ここで、ああ、やはりローズには話を通すのかよと、感嘆しながらデッドリッグは納得する。
「──注文書に因れば、完成出来そうな時期を予め報せるように、とあるが……。
納期も、ローズと相談の上で、かな?」
「ええ。そうなりますね」
ここに来て、ローズの握っている利権の多くが強い力になっている事をデッドリッグは痛感した。
「判明したら、早めに俺に報せてくれ。
兄上には、俺が直に報告する」
しかし、本来であれば、もっと他に多くの事が課題として山積しているのだ。出来ればこの一件、早く済ませたいデッドリッグ。
「──白いイチゴってあったよな?
他にも、白いフルーツで純白のケーキとか、喜ばれると思うのだが」
「何を仰っていますか!
ケーキは色とりどりの鮮やかな見た目の方がウケるに決まっているでは無いですか!」
「うーん……そうか。
聖女だから、純白を好むかと思ったが、そうでも無いのか。
じゃあ、後は任せて良いかな?」
既に相談を始めているヒロイン達は、バチルダが「後ほど報告致します」と言った限りで、相談に余念が無い。
まぁ、任せておいてもある程度は何とかなるだろうと、デッドリッグは判断を放棄して嫁たちに任せた。
尚、3日後にローズからの使者が参り、『3週間ほど頂ければ』と、そう報告して来たので、デッドリッグはその夜の内にバルテマーを訪ねたのだが。
「──何だ、デッドリッグ。
出来れば、もう少し時間と云うものを考えて来て欲しい」
と、バスローブのような寝間着と云う余りに簡素な服装で、室内にイデリーナが居る事は間違いないようだった。
デッドリッグは報告もサッサと済ませ、立ち去った。
その夜は、上からの騒音が半端でなく、デッドリッグが寝付いたのも大分夜も更けた頃であって、翌朝は若干寝不足だった。
イデリーナ達が楽しみにしているのは間違いない。
いっそ、台無しにするのだったら、簡単なのになとデッドリッグは思ったが、ソレはソレで大きな問題となる。
無事に、安全に事が遂行してくれることを、祈るのみであった。
尚、デッドリッグは強い龍神信仰であり、祈る相手も龍神様だが、意外と、龍神は願いを叶えてくれる存在であり。
わざわざ龍神を嵌めて罠に掛けてやろうとするのでもなければ大人しいが、その気性はそもそもが荒く、一旦怒ると、その怒りを鎮めるのに一苦労する事が難事であった。
まぁ、そもそもが龍神を敵に回す事が愚かな行いであり。
もしも、龍神と戦う事になったら、大災害が起きる事を、デッドリッグは強く信じていた。
そもそもが、『龍神イジメ』が、世界に大災厄を齎そうとしている事を、自覚せずに行なっていた、未だ幼い子供たちは、大人になってから、責任をどう取ると云うのか。
せいぜいが『蛆虫風情が』等と舐めていたのであろう。『氏神様』をも敵に回す事実に、目を向けて来なかった奴らは、呪いにでも掛かっていれば良いのだと、そう思わざるを得ない。
獅子身中の虫。仕方ないとは言え、『七星』程度に、『天道虫』の一種の名前でも与えられていれば、そんなに馬鹿にされなかったのだろうと、デッドリッグは前世の自分をそう思うのだった。