授かりもの

第53話 授かりもの

 税制の素案は決められた。デッドリッグは、今、その内容を確認している段階である。

 と、同時に、ローズが勝手に進めていた、ミュラー公爵領からの、コーンの爆裂種の輸入が始まった。

 支出してばかりでは予算が足りなくなる。デッドリッグは、ポップコーンの製法レシピを売った。

 結果、ミュラー公爵から、『今回の支払いはポップコーンとやらの製法レシピを代金とする事で取引願いたい』との、ローズ甘やかし案が通った。

 事実、そのレシピは、コーンの爆裂種の価値を少なくとも10倍以上には高めるだけの価値があった。

 爆裂種のコーンは、ミュラー公爵領でも主要な輸出品だった。レシピを添える事で、爆裂種のコーンは10倍迄は流石に至らないが、それ以前の7倍程度の対価で取引されるようになった。その倍率の差には、3割をポップコーンの製法レシピの代金とする事で価値を与えていたと云う事情もある。

 世ではミュラー公爵を、親しみを込めて『ポップコーン公爵』と呼ぶ程であった。

 幸いにも、爆裂種のコーンは粉にしても、大した価値が無かった。穀物であるが故に、需要は多いが、単価は安く取り引きされていたのだ。

 それが、粉に挽く手間も省け、7倍程度の値段で売れるのだ。ミュラー公爵は、ポップコーンバブルに沸いた。

「メープルシロップが欲しいわね」

 ローズのその一言で、サトウカエデの探索が始まった。

 その為に動かしたのが、冒険者ギルドである。

 領主の依頼とあって、話はすんなりと通った。

 だが、その樹液の採取の際に、『全量をケン公爵が購入の上、その代金の中から税金の徴収を行う』とあって、不合理だと依頼を断る冒険者が続出。

 結果、ほんの数名のサトウカエデの樹液の採取者による、『全量買い上げの上、税も徴収』と云う条件であっても、その対価はウハウハで、その事実を秘匿されるのであった。

 ただ、その者たちの周囲では、『アイツ、最近随分と羽振りが良いな』との噂をされて、その秘訣を問う者があれど、そう易々と正に金の生る木のネタはばらせなかった。

 そう、少数に因る独占状態だからこそウハウハなのであって、他の者たちは、条件を聞いて納得出来ずに断った者たちなのだ。情けを掛ける理由が無かった。

 そう云った少数の冒険者に因る利益の独占は、甜菜でも既に起きていて、『冒険者なのに、何で農家の真似事しなくちゃならないんだ!』と、依頼の貼り出しの際に憤慨していた。

 結果、ケン公爵領に於ける特産物である砂糖は、少数の冒険者がその栽培の半量程を下支えしており、領内での販売が始まるのもあと一歩と云うところにあった。

 当然、甜菜農家化した冒険者は、『サトウカエデの探索と樹液の採取』と云う仕事の美味しさに気付いていたものの、手を出す余地が無く、親しい冒険者に報せるに終わった。

 だからこそ、少数の冒険者での独占状態で、ウハウハなのであった。

 そして、その状況下で、ローズのお目出度が判明した。

 最初は、月のモノが来ないと云う事で、本人は遅れたのかな?と思っていた。

 これまでも、月のモノが遅れる事は、ままあった。だが、遅れているにしても2ヵ月は遅れ過ぎだろうと、医師に確認を取った。

 その医師は、簡単な確認を取るだけで、「おめでとうございます」と述べた。

 ローズが確認の為に問い質すと、「間違いなく、お子様を宿られております」と医師は述べた。

 最初は、検査が簡単な事だけだったので、まさかとはローズも思った。

 だが、「お身体、大事になさいませ」と述べて医師が帰りそうなのを呼び止め、ローズはデッドリッグを呼んだ。

 デッドリッグが幾つか医師に質問をし、その内容に納得し、ローズを「よくやった!」と褒め称えた。

 その日の晩の食事の豪華さは、普段から他の領主クラスの食事に比べても美味しいものを食べていた皆が、少々驚く程の豪華さだった。

 夜。バチルダは次は自分の番だと意気込むが、デッドリッグから、「今晩はローズとささやかに喜びを分かち合わせてくれ」と頼まれ、翌日の約束を取り付けた。

 乳母も雇わなければならないと、町中の出産日の近い予定の者たちに、決して安くは無い賃金で、ローズの子の誕生の後に、1年程の期間の雇い入れをルーティンを組んで3名ほど雇うことを依頼した。

 ローズは、「男の子だったら良いのだけれども……」と心配していたが、デッドリッグは、「俺の仮説が正しいなら、間違いなく男の子だ!」と宣告した。

 根拠は明かして貰えなかったけれど、ローズはデッドリッグの言葉を信じ、男の子が産まれるように準備した。

 それからは、ヒロイン達が次々に妊娠していった。

 デッドリッグ曰く、「男の子はローズとの子だけだから、多少産まれる順番が前後しても、後継ぎはローズとの子だから」と、他のヒロイン達との子作りを強く求められたが故の結果に、言い訳をしていた。

 他のヒロイン達も、女の子でもデッドリッグとの子を授かった事に、喜ぶ一方で、順番が前後する事には強く懸念を持っていた。

 そして、その年も順調に、やや豊作気味と云う上々の農産物の収穫を迎え、町は全体的に豊かだった。

 だが、その背景には、貧困者に対する、デッドリッグが領主としての立場で、農作物の一部を提供していたと云う事実があった。

 但し、頑張って仕事をして、それでも生活苦に陥る世帯に対してであり、今年は幸いにも、デッドリッグを舐めて、サボり気味だった町人は居なかった。

 そんな中でも甜菜農家はウハウハだった。

 輸出を考えた場合、ケン公爵領では、砂糖が輸出品として主要品目となる為、どうしても『三公七民』の税制だと、甜菜農家は少々儲け過ぎと懸念していた。

 単純に、安く買い叩けば良いってモノじゃない。その点を以てしても、税務官の出した素案は、重要事項であった。