指導

第8話 指導

 ヤンキー二人、改め、一人の空手家と、もう一人の柔道家は、既に息が上がり、畳の上に倒れていた。
 
「もう……動けんッス……」

「何だい、だらしない!アンタらが言い出した事だよ!」

「そうですよ。まだ、基礎練習の段階ですからね」

 パフェと緋三虎もジャージ姿で、中々やる気になっている。
 
「腹筋千回は無理……」

「喋る体力があるなら、動く!」

「そうじゃなくて!」

 空手男が上半身を起こし、拳を強く握り、突き出す。
 
「あなた方が化け物じみて強い理由がある筈だ!それを教えてくれと言いたい訳だ!分かるだろう!?」

「無理よ」

 結論は早かった。
 
「だって、私たち、化け物だもん」

「李花」

「こうなりたかったら、化け物にでもなる術でも見つける事ね」

「不可能だ!」

「でも、現に私たちはこれだけの強さを誇っている」

 何のつもりか、パフェは緋三虎に殴り掛かった。
 
 一撃ではない。
 
 残像で手の数が多く見えるほどのスピードで、緋三虎はそれらを全てなす。
 
「……今、何度攻撃したか、見えた?」

 一通り、落ち着いたところで彼らに聞く。
 
「……さあ?」

「見えなかったってことは、それだけ、動体視力で劣っているってこと。
 
 基礎能力だけで、アタシたちは技術を必要とすることなく、アンタらに勝てるの」
 
「山嵐は、超高等技術だ!」

 柔道男が言い放つ。
 
「柔道の史実でも、一人しか完璧な使い手はいない技だ!

 それを、あなたはああも簡単に使いこなした!」
 
「……偶然よ」

「偶然で出来る技じゃない!それくらい、頭の悪い俺でも分かる!」

「だって……」

 誇らしげに、パフェは言う。
 
「アタシ、化け物だし」

「……吸血鬼、か」

 空手男は、記憶の片隅から情報を取り出した。
 
「この学校にいる、って噂だよな」

「血でも、吸って貰えば?移るかもよ?」

「あなたがそれならな」

「そう見える?」

 緋三虎は彼らに背を向け、笑い声だけは出さないよう、口元を押さえて堪えた。
 
「飽くまで、噂だ。

 吸血鬼なら、太陽の光が苦手だろう」
 
「うん。お肌の大敵だもんね」

「おちょくらんで下さいよ。

 吸血鬼が実在していないことぐらい、俺らでも知ってる常識ですよ。
 
 ましてや、それが実在し、昼間っから当然のように学校へ通っているなんざ、非常識もいいトコだ」
 
 吸血鬼が太陽を嫌うと思うお前が非常識、などとパフェは頭の中で突っ込みを入れた。
 
「とにかく、アタシらにゃ、教えられることが無い訳よ。

 技術を持っている訳でも無し。
 
 アンタらの基礎能力も低すぎ。それで一体、どうしろと?」
 
「……多少、手加減して相手してくれませんか?」

「空手は、それで多少はマシになるかもね。

 でも、柔道は勘弁。胸倉むなぐらなんて、掴まれたくないわ」
 
「組手争いだけでも!

 それがダメなら、一方的に投げてもらいつつ、俺がそれを耐えるだけでもいい!」
 
「……そんなことして、強くなれる?」

「素早い投げ技へ、対処する素早さを得られる!……かも知れない」

 腕を組み、柔道男をパフェは見据える。
 
「右手、出して」

 言われるまま、柔道男は右手を差し出す。その袖を、パフェは軽く握った。
 
「耐えてみて」

「ウッス!」

 くるんと、いきなり逆さまになって頭から落ちる柔道男。
 
 受け身は取るが、少々危うかった。
 
「これだけの差があって、どう鍛えろと?」

「ンな……ふざけている!」

 悔し気な顔をして、柔道男は拳を畳に叩きつける。
 
「こんなデタラメな投げ技が、存在していいものなのかよ!」

「分かった?どれだけの差があるのか?」

「もう一度!もう一度だけでも!」

 差し出された右手の袖を、仕方ない様子でパフェは掴む。
 
「これで最後よ?」

 パフェの手の動きを、柔道男はじっと見続ける。
 
 動いた!と思った瞬間には宙を舞っていた。
 
「……空気投げ、という技が存在していることは知っている。

 けど、それだって、こんなデタラメな投げ方じゃない!襟ぐらいは掴む必要がある筈なんだ!」
 
「アタシのは、技術云々を無視して、力尽くで投げているだけ。

 これ以上続けていたら、怪我するだけよ。
 
 技術を持っている訳でも無いから、教えられることもない。諦めなさい」
 
「なら、次は俺に稽古を!」

 今度は空手男が挑んでくる。
 
 チョイチョイと、パフェは指で誘う。空手男は構えるが、パフェの意図はイマイチ理解していない様子。
 
「もう。そこから指導しないとならないの?

 掛かって来なさい。そういう意味よ。
 
 アタシに拳を当ててみなさい。……蹴りでも良いわ」
 
「押忍!」

 少し見合ってから、様子見に正拳突きを空手男が突き出すと、ほぼ同時にパフェの姿が掻き消えた。
 
「遅い」

 空手男の、ほぼ背後から聞こえる声。振り返ると、パフェはそこにいた。
 
「鼻血、拭いた方が良いんじゃない?」

 言われて気付く、鼻の奥からあふれる、熱いもの。
 
「このくらい!」

 今度は再び正拳と見せかけ、蹴り。
 
「嘘だろ!」

 言ったのは、柔道男。空手男は、パフェの動きをまたも見失っている。
 
 その頭に、軽い(ことにしておこう)負荷が掛かる。
 
「アタシがその気になっていたら、アンタ、今頃どうなっているか、分かる?」

 パフェの声は、空手男の頭上から。
 
「李花、凄ぉーい!」

 嬉しそうにパチパチと手を叩く緋三虎。
 
 空手をやっているだけあって、ガタイには恵まれたその男の頭上に、いきなり飛び乗る。それが何を意味するか。
 
「アンタを圧倒するのは、基礎能力を高めるだけで十分。技術なんて、必要無いの」

 ――人間業じゃない。
 
「俺らだって!十分、凄ェって言われるんだぜ?それを何だよ!

 住んでいる世界が違い過ぎるじゃねぇか!」