第19話 拳銃の効果
「私は、アイオロス様の意思に従います」
「前にも言ったと思うけど、『様』は要らない」
返答をする迄の、ちょっとした時間稼ぎのつもりもあってアイオロスがそう言うが、クィーリーが困ったような顔をしてしまい、逆にアイオロスの方も困ってしまった。
「気にしない方が良いですよ。
試作段階に近い個体に仕込まれた、暴走防止プログラムに従っている証拠です。
クィーリーさんはあなたっを主と認めている。
――つまり、このエンジェル騒ぎの原因も。
その1、それが仕込まれていない。
その2、それに従っていない。
その3、主人が悪人。
この三つのどれかだと思うのですが……」
その疑問に、クィーリーが答える。
「――多分、一つ目です。
私が知る限りでは、それを仕込む事の出来た人は、この世で過去、二人のみ。
一人は研究所での研究に限界を感じ、研究所を去りました。
もう一人は、私がこの目で死亡を確認しています。
一人目も、恐らく死んでいるでしょうね。
何しろ、私の情報は100年もの間、更新されていませんから」
「――最初に、僕に対して攻撃を仕掛けて来たのは、何故?」
「私は、その刀の守護神ですから。
私が認めた者以外は、その刀を与えず、逆に主と認めた者に対しては、私もその方を主として忠誠を尽くす。
それが、私に仕込まれた暴走防止プログラムです。
本来なら、その刀は台座から簡単に抜けないようにする魔法を掛けられていた筈なのですが、私が一度、掛け直してから恐らく数十年が経ち、その魔法も解けていたということでしょう。
本当は、その刀に刻まれた真名を先に読み上げる事によって、私の眠りが覚め、私が主としての資格の有無を判定し、私の魔法によって封印を解く筈だったのですが……。
今回は、話をするうちに、アイオロス様にその刀の主たる資格があるように思えたので、無理に奪うような真似は止めました。
ちなみに、主の資格の有無は、その人の人となりから判断するよう、命令されていました。
ただ単純に強いだけでは、その資格は与えられません。
――実は強さだけを参考にした場合、残念ながら、アイオロス様は合格点ギリギリの点数しか付けられないのですが……」
「――言ってくれるね」
アイオロスは苦笑し、言った。
確かに、あの時のエマ=クィーリーとの戦いを思い起こせば、強く言い返せない。それが悔しい。半端に、実力を持っているだけに。
「フラッドさん。まず、一つ言っておきますが、師匠も一緒に、と云うのは無理です。
僕でも、師匠が今、何処に居るのかは分かりませんから」
「そうですか……。
ではまず、こう聞きましょう。
これからどうします、アイオロスさん?」
「――そちらの予定は?」
「あなたのお陰で、無くなってしまいましたよ。
本当に壊滅したのか、そしてどの程度壊滅したのか……。知りたい気持ちはありますが、行っても全くの無駄足なら、行くつもりもありませんし。
ま、その情報に関しては、『風の英雄』アイオロスさんを信用しますよ。
私たちは、最近流行しているトレジャーハンターとしてでは無く、エンジェルを駆逐するデビルとして、エンジェルが居るであろう魔法科学研究所に向かおうと話し合っていただけですから。
そうですね……。敢えて言えば、もう少し仲間が欲しいですね。出来れば、貴方の様に強い人を。
噂によれば、数百体ものエンジェルを退治したそうじゃないですか」
「そ、それは……桁が二つぐらい、違うのですが……。
僕の倒したエンジェルなんて、たったの7人ですよ。
尾鰭が付くにも、程があると思っていたのですがねぇ……。そんな噂が流れていたのですか」
「――やっぱりこの噂、誇張されていたのね。
見てすぐに、数百体ものエンジェルを退治したにしては若すぎるとは思ったのですけれど……。
アイオロスさんは、これからどうするつもりなのですか?」
「違う魔法科学研究所に、エンジェルに対抗出来る武器を探しに行きたいところなんですが、その前に銃を手に入れておきたいと思っていました。
弾丸も揃って売っている事は、滅多に無いですから、もっと大きな街に行ってみたいのですけどねぇ……」
「――?
銃って、エンジェル相手にそんなに使える武器なんですか?
エンジェルの使う魔法に、勝てる武器では無いと思いますが……」
「僕の使い方は、普通じゃ無いですからね。
エンジェルって、大きな音を出すと、それに驚いて、魔法を使う為の集中が出来なくなるらしいんです。……師匠からの受け売りですけど。
そこで、近寄って刀を一閃。これが、僕が良くエンジェルに対して使う戦術です。
ンなもんですから、拳銃が無いと、僕はエンジェルとの戦いにおいて、非っっ常~に困ってしまうわけなんですよ。
ですから、空砲でも良いから、拳銃と弾が欲しい訳なんです。
何処か、売っている店なんかは知っていませんか?」
「さあ……。注意して見ていたことはありませんから。
トールが覚えている、なんてことは……無いでしょうね」
「物覚えの悪い馬鹿に聞くな。
そんなもの、記憶していないって程度に頭が悪いって自覚はある。
俺ァ、今朝の朝食で何を食ったのかすら、覚えてねェぞ」
「……聞いた私が馬鹿でした。
ところで、拳銃の音でエンジェルが魔法を使う為の集中が出来なくなるというのは、本気で本当なんですか?」
「さあ……。言った通り、それは師匠からの受け売りですからね。
でも、少なくとも僕が今までに狩ったエンジェルは、拳銃の発砲直後に魔法は使っていませんでしたよ。
――そうそう、クィーリーに聞くのが、それを知る為の一番確かな方法なんじゃないかな?」
急に話を振られて、クィーリーは多少、戸惑った。そして自分を指差し、言う。
「私に、ですか?」
なるほどと、深く頷いたのはフラッド。
「そうね。エンジェル本人である彼女から聞くのが、一番確かでしょうね」
「そうですね……。
確かに、ほんの一瞬、注意が逸れるでしょうから、一瞬の隙を狙うだけの腕があれば、有効でしょう。
でも、用心して前もって防御魔法を使っていれば、エンジェルの側でも対処できます。
けど、あの刀を使えば――表向きの刀の名前は『水月』と云うのですが――、関係ありませんよ。
拳銃を使った場合にも、攻撃魔法が一瞬遅れるだけ。
それなら、拳銃を撃つのに要する一瞬の間を利用した方が確実だと思います。
ですから、アイオロス様は拳銃を手に入れる必要は無いと思いますが……」
言って少しの沈黙があった後に、「飽くまでも私の個人的な意見ですけどね」と付け加えた辺りは、如何にも彼女らしい。
「うーん……。試してみたいけど……方法が無いだろうな」