手紙

第37話 手紙

 ムーン=ノトスは若干悩みながらも、自警団の詰め所に向かった。
 
「済まない、団長殿はおられるか?」

「何用だ?」

「済まない、『αシステム』コアの転売対策を講じて貰いたくて、妙案を持って来た。

 団長殿に相談出来ないだろうか?」
 
「立法はウチの仕事じゃないよ!

 お貴族様のところにでも行くんだね!」
 
「ム……そうか」

 早速、ノトスは弾かれた。
 
 だが、次に行く先は明らかだ。
 
 問題は、ムーン=ノトスが王侯貴族の類に会いたくない、と云う点にあったが。
 
「仕方あるまい。背に腹は代えられぬ」

 ノトスはこの街を治める貴族・レジスレーション家へと向かう事にした。
 
 だが、いきなりの訪問で、貴族に直訴するのは無理がある。
 
 そこで、ノトスはアポイントを取りに向かったのだ。
 
 ――否、直訴の前に、手紙をしたためた方が無難だ。
 
 ノトスは思い直して自身の研究室に戻った。そして、手紙を認めると、封蝋ふうろうに『ロイヤル王家』の家紋を押した。
 
 そう、ムーン=ノトス=ロイヤルは、実際に王子なのだ。しかも、王位継承権1位を持つ王太子だ。――但し、頭に『放蕩ほうとう』と付けて呼ばれる事が多いが。
 
 何故、放蕩王太子などと呼ばれる行動を取っているのか。そこには、別に深い訳も無かった。
 
 単に、『世界が見たい』。王になるのならば、せめて世界中を見て回りたい。その程度の理由だった。
 
 どうせ、王が死ぬか、公務が出来なくなるまでは、ムーンは王座を継げないのだ。
 
 そして、ロイヤル王家には、秘伝の『不老長寿』の技術があった。
 
 実質、ムーンが王座を継ぐ可能性は非常に低い。その子の方が、よっぽど可能性が高かった。
 
 そして、アースはその許嫁いいなずけ。公爵家の長女だ。
 
 但し、アースの家は『貧乏公爵』と呼ばれる程で、学費もムーンが提供している。
 
 そこには、深い愛情がある訳でも無く、単に、ムーンが無学な女性を伴侶に迎えたく無かったからだ。
 
 アースの持つ『αシステム』も、ムーンが提供したものだ。その計り知れぬ価値を知れば、アースの『デューク公爵家』の者は、その『αシステム』を売り払いたいと思うだろうが、純朴な家系の為、ムーンに感謝をするのみだ。
 
 恐らくは、その価値を調べてもいないだろう。ムーンへの義理を欠くからと。
 
 よって、アース=デュークはムーンに対して深い感謝の念を持っている。
 
 レジスレーション家への手紙は、間違い無く当主に読まれるだろう。
 
 そして、恐らくはムーンが招かれる筈だ。レジスレーション家に。
 
 そこでの交渉次第になるだろう。『αシステム』コアの販売免許の法整備は。
 
 勿論、ムーンがロイヤル王家に働きかけて、法整備をする手もある。
 
 が、ムーンはそう簡単にロイヤル王家のまつりごとに働きかけるつもりは無かった。
 
 話は、このレジスレーション家の治める範囲内で収めれば済む話だ。
 
 他の土地迄運んでの売買など、そこまでする者に対して、処罰は難しかった。
 
 実際、ムーン=ノトス=ロイヤルも、『αシステム』コアの末端価格までは把握していなかった。
 
 故に、驚くだろう。1㎝玉の『αシステム』コアが末端価格で、金貨1万枚というとんでもない値で取引されていると知れば。
 
 それを知るようになるまでは、そう時を要しない事は、容易に予想がついた。
 
 そう、ムーン自身が『αシステム』コアの末端価格を調べるようになる時迄は。