第25話 戦争からの回避
露にて、『吸血鬼』の存在が噂されることになって、約半年。
露では、他国に攻め込むと云う事態では無くなりつつあった。
厳密に言えば、優先的に処分しなければならない対象が国内にある、と。
その事実に、式城 紗斗里を始めとした一同は、一先ずの安堵を得ていた。
それにしても、結城 狼牙は『コレラ亜種』に掛からないのか。
その疑問に、式城 総司郎が見解を得ていた。
「恐らく、結城 狼牙を蝕むウィルスが、『コレラ亜種』ウィルスよりも強力なのだろう。
ヴァンパイア・ウィルスが『コレラ亜種』ウィルスを食い散らかす、と云った具合かな?」
だとしたら、ヴァンパイア・ウィルスは何と恐ろしいウィルスだろう……。
紗斗里は、狼牙を帰した後、ゲートを厳重に封印する事を決意した。
ただ、好奇心猫を殺すでは無いが、紗斗里はサンプルとして狼牙のウィルスを採取する事を密かに計画していた。
「紗斗里。間違っても、サンプルの採取なんてしないでね」
「――判っている」
総司郎に指摘されて、計画は一旦、破棄する事となった。
「しかし、本当に乙女の少女の犠牲が矢鱈と多いな。
中には、遺体が動き出した、なんて事例も確認されているようだし。
コレが切り札となってくれれば、再びの日露戦争を繰り返さなくて済むかも知れないのにねぇ……」
「大惨事になる事が判っていて、戦争を起こそうだなんて考える愚か者には、良い薬なのかも知れないね」
大抵の毒は、量が少なければ何らかの薬になる。逆に、多過ぎる薬は毒となる。
その匙加減が難しかった。
「適量であることを願いたいね」
総司郎がそう言って話を折り畳む。
次の手を打ちたいところだが、このまま経過を観察したくもある。
「『常世』を拝む程、人が病んでしまわない事を、僕は願うがね」
総司郎は、元々の人の良さが出るのか、優しさが何処かに滲み出る。逆に紗斗里は、余りにも苛烈だった。
目的の為に手段を問わないとか、そんな事は当たり前の状態であってだ。
ひょっとしたら、自らを『神』に限り無く近い状態と見做して居るのかも知れない。
神は残酷だ。
神に屈しない者たちに、天罰を容赦無く下すところとかが、だ。
露への狼牙の派遣も、『天罰だ』等と思っているのかも知れない。
紗斗里も総司郎も、『常世』を見た経験がある。
双方の一致する見解に於いて、「『常世』は美しい」と云う共通点がある。
神が自らを信仰する者の願いを叶えて行くシステムに関して言えば、『大雑把』とも共通点を見出している。
まるで、ソコから時計が発明されたかのように、短針がゆっくり、長針が素早く動いて、処理を済ませて行っている。
秒針に関して言えば、恐らくは、見えない程高速で動いていた可能性がある、と。
もしくは秒針が存在しないか。
どちらにせよ、秒針が叶える願いは大したものでは無い。
長針ですら、チョンと願いを叶える切っ掛けを作る程度に触れてオシマイなのだ。本当に願いを叶えて貰う場合、長針では自らの努力の要素を必要とする。
対して、短針は、神様のお膝元でしか願いは叶えて貰えぬが、ゆっくりと丁寧に対処をして貰えると云う利点がある。
恐らくは、その『お膝元』と云う意味で、中東の戦争はその場を求める事を止めないのであろう。
日本の場合、出雲大社だ。
だが、コレは日本の大元の宗教である『神道』を信仰していなければ意味が無い。
全く、中東全域で宗教の違いはあれど、一つの国に纏まる事は出来ないのであろうか?
恐らく、織田 信長みたいな人物が必要と思われるが、それでは多くの血が流れてしまう。
それでも、多少の血が流れる程度で、国として統一され、皆が納得する落としどころに辿り着けば、良いのかも知れないが。
否、この問題に関しては、コレ以上、口を出すべきではない。
問題は、目の前に差し迫った、避けられるかも知れない日露戦争の問題だ。
日本は、侵略の為の軍事力を放棄すると憲法で誓っているから、侵略は出来ない。
だが、日本が一方的に侵略されるだけの戦争を行って、日本が勝てる訳が無い。
軍事的クーデター。その可能性が捨て切れなくて、恐ろしい。
恐らくは、日本が侵略されなければ、起こらないクーデターかも知れないが。
紗斗里と総司郎も、その場合、動かなければならない。
何せ、『超能力』と云うアドバンテージを最大限に持っているのは、二人なのだから。
そして、二人は密かに決意を固めるのであった。
イザと云う時には、自分たちが矢面に立つ、と。