第8話 愚痴の吐き出し口
「ふぅ……、兄上も、割とまともなのにな。
『前世の記憶』と云う楔が、ここまで決定的に違う結末を迎えようとしているのは……。
責任は、ヒロイン候補達にあろうな。
……かと言って、悲惨な末路を選ばせたくは無いし……。
今、俺が打てる最善手を指していると信じるしか無いか」
バルテマーの去った会議室でそう呟いていると、徐々に、6人のヒロイン候補だった者たちが入って来た。
「殿下……」
代表してローズがデッドリッグに声を掛けた。
「──ん?
心配を掛ける事はしていないぞ。
単に、兄上と確認事項を確かめただけだ。
来年、一人を追加で受け入れる事を誰も咎めないなら、比較的無難に終わる。
まぁ……追加コンテンツ・キャラの行く末は、保証の限りでは無いがな」
そう、8人目のヒロイン候補が、今、その行く末が何よりも重要なのであった。
「それについては、ワタクシ共で協議の上、熟慮した結果を齎しても宜しいでしょうか?」
その発言に対し、デッドリッグはまるで的外れの言葉を吐いた。
「ん……俺は、『齎す』と云う言葉は嫌いだが、それで好かろう」
……。
瞬間、静寂の後にローズが切り出す。
「それで……7人目を迎えた場合、ワタクシ達は……」
夜のルーティンの事であろう、デッドリッグは察した。
「ああ、済まないが、あと3日ずつ余計に待って貰う事になる。
……不服か?」
デッドリッグは確認事項であるかのように然も重要そうにそう言い放つ。
「いえ、最善の選択肢であれば、そのようにワタクシ共は従います。
──して、7人目の順番は……?」
デッドリッグから見れば、ソレは確定事項であったのだが、やはり、ローズ達には言葉にして伝えなければいけない事のようだった。
「ああ、当然、最後に回って貰う。
その方が、皆に対して誠実な選択肢だろうからな」
ローズ達の内、何人かが胸を撫で下ろす。──尤も、『撫で下ろす』と云う行為が容易な程、胸のボリュームに恵まれていない者は居ないが。
「はぁ……、絶対、兄上の好みの基準で、ヒロイン候補は選ばれているよな?!」
少なくとも、デッドリッグは胸のサイズで女性を選んだりはしない。
だが、性格的に、好ましい性格の者ばかりと云うのは、兄弟故の縁に依るものだろうが。
少なくとも、排他的では無い。排他的なら、6人による共有と云う選択肢は許し難いのであろう。
「はぁ~、少なくとも、『ヘブンスガール・コレクション~デッドリッグメインの場合~』とでも銘打つべきだけの変更が為されているよな……。
いや、皆、何でもないぞ?ただ……状況的に俺が恵まれ過ぎていると云う事実を確認した迄だ。
何も心配は要らない。
公爵として、辺境の地に追いやられるだろうが、皆も『現代知識チート』位はしてみたいだろう?」
頷く6人。
「なら、何も問題は無い。
あとは、『国内最高峰のグルメの聖地』を築けば良いだけだ。
それまでに、準備は整えておこう。
因みに、俺はデッドリッグの最期は辺境の地を贈られて公爵の位を頂き、貧乏な末路を過ごした、程度の知識しか無いが、最低限の知識は備えている。
貧乏になど暮らすものか!むしろ、国内で最も裕福な地で最期を過ごしたとして行くことを目指すぞ!」
「「「「「「はい!!」」」」」」
そんな6人を見て、デッドリッグは『ストーリーに縛られないで、他の素敵な男子を探して見つけて将来を誓えば、それで良いのに』と思うのであった。
だが、哀しいかな、『人気No.1男性キャラ』と云う事実と、結ばれておけば貧乏公爵領から立て直しを始めて豊かな公爵領を夢見る乙女たちの、淡い夢心と云うものも、確かに存在しているのだった。
そればかりは、デッドリッグにとっては仕方がない、否、デッドリッグだからこそ仕方がない事情があるのであった。
ただ、デッドリッグなのだから出来るのだが、デッドリッグであるが故に言えない、6人のヒロイン達への愚痴と云うものもそろそろ溜まっているのである。
密かにデッドリッグは、早めに男友達を作って、漏らす心配の無い程に信用の置ける愚痴る相手を見付ける事は、急務であった。
状況的に、デッドリッグは6人のヒロイン候補達を満足させる為のマシーンと化しつつあることを、誰もが気付いていながら、指摘する事をする訳にはいかない。
いっそのこと、バルテマーに愚痴を漏らそうかと、デッドリッグは半ば本気で思っているのである。
積もり積もった細かい不満が、状況を一変する可能性は十二分にあり得る。
それの吐き出し口を、今、デッドリッグは割と深刻に欲しているのであった。
ソレが見つかる保証は、何処にも無かった──否、一人だけ。
バルテマーの愚痴の吐き出し口担当になっていたキャラクターが。
ソレは、エカード=ヤンゼン先生。
バルテマーのクラスの受け持ちであり、教師であるが故に守秘義務もある。
そして何より、平民で、貴族には逆らえない。
デッドリッグのクラスの受け持ちでは無いが、その人物に愚痴の吐き出し口となって貰う事を、デッドリッグは真剣に検討しているのであった。
当然、そんな事は6人のヒロイン候補達にはバラせない。
「……ん!良しっ!」
そして、デッドリッグはバルテマーに頼んでエカードへ相談と云う形の愚痴の零し口になって貰う事を半ば決定したのであった。