悪しき『全知全能』

第40話 悪しき『全知全能』

 その阿呆を見守っていて、恭次が言う。

「なぁ。この『見守り』、『クルセイダー』の任務として、交代で行わねぇか?

 危ない状況に陥りそうになった時に、直ぐに対応する為に。

 別に、俺たちである必要は無いだろ?」

「まぁねぇ。でも、チームメンバーに任せて、この任務の重要さに気付くかしら?」

「解る奴に任せりゃいいだろ。

 上手く行ったら、名付けられて『ネームド』になって、『クルセイダー』にとって強力な力になるかも知れないぜ?」

「エスパーでテレポーターで、出来れば女性が良いのかしら?

 見染められたら、お互いにWin-Winの関係になるかも知れないわよ?」

「女性か……。隼那、人選は任せた!」

「まーかせて~!」

 隼那の脳裏に女性チームメンバーの一覧が思い浮かぶ。

 その中から、地味でも良いから美人ばかりを選んで連絡して、事情を説明し、その内の二人に見守りの任務を引き継いだ。

「コレはコレでいいとして。

 さて。困ったわよ。

 『常世』で過去の時間軸に戻ってから、未来に移動して『穢れ』を広めている奴が、何人か取り逃しているようよ」

「だがソレは、七日間限りで解決する、って云うお約束だっただろう?

 今更、俺たちが出張る場面じゃねぇぜ」

「今回の犯人は、『猫』よ。『シュレディンガーの猫』。

 だからこそ、困った事態なのだけれども」

「ああ、厄介だな。

 全く、まるでネタの尽きないように事件を起こしてくれるみたいで、被害者が可哀想だ。

 だが、コレで神が屑だと言っても、信じる者が増えたんじゃねぇか?」

「『人神』ね。『ニンジン』『ニンシン』『ヒトカミ』『ヒトガミ』『ジンシン』『ジンジン』、どう読んでも同一の存在だけれども。

 『龍神』の全能力と全知識を手に入れてしまったからなのかもねぇ。

 全く、『全知全能』が何故、悪しきものだと気付かないのかしら?

 『善知善能』の神様ならば、信じてあげても良いと思うけれど」

「止めておけよ。『善』だから『悪』に天罰を下しても『正義』として赦されるとか、馬鹿な考え起こして、暴走したら、ソレは『ルシファー』だから。

 そもそもが、『正義』と『悪』なんて、主観の問題でもあるんだよ。

 『自分が自分の人生の主人公であること』を目指した、ただそれだけで、傲慢ごうまんと言われるんだ。

 だからと云って、自分の人生の脇役、特にNo.2を目指そうとすれば、ソレは『サタン』だ。

 なら、第三者としてNo.3を目指そうなんて、自分の人生の奴隷を目指すようなものだ。

 まぁ、娯楽の提供者としての能力の奴隷を目指せば、それなりの評価はされるのかも知れないがよ。

 ――いつまでもくすぶっているあの阿呆を見れば、ソレも馬鹿らしいと思うだろうよ」

「それが、例えば母親を一人に出来なくて、と云う理由でも?」

「理由なんざいい。問題は『過程』と『結果』だよ。

 あの阿呆は、『過程』も間違っていれば、『結果』も評価されるものではない。

 判っていながら、手段も環境も変えない。

 否、案外、最適な環境を作っていながら、BGMに支配されているだけかもな」

「BGMを変えないとダメ?」

「否、最低限、ソレは必須なのだが、奴自身がソレを望んでいない。

 ツレぇな、2歳か3歳で頭を強打して前世の記憶を持ち越せないなんて人生と云うのも。

 下手すりゃ、延々と永劫回帰の運命だぜ?」

「いえ、ソレは無いわ。

 彼は、来世では死産。――そうか。だからなのね。

 延々と、ルシファーの加護を受けて生きる。そして、死にそうになったら魂が入れ替わる。

 そうやって、彼は死に損なったのよ!」

「死んでてくれれば、どれだけ助かっただろうか……」

 隼那は、恭次の唇に人差し指を立てて押し当てた。

「この世に、『存在しない方が良かった』人間なんて云うのは存在しないわ。

 彼には、彼なりの存在意義があるのよ!」

「アイツより、アイツの母親の方が存在意義高そうだけどな。

 ソレを支える支柱、って事か。

 正に『柱』だなぁ」

 恭次はハハハと笑う。隼那は、ソレを咎めた。

「彼が『終末時計』の始点の解釈を変えて、原初の地球から計算し直しただけで、世界の寿命は果てしなく延びるのよ?

 ただ、『終末時計』の始点の情報が足りないだけで。

 ソレでも、少なくとも30年は終末など来ない。

 残り1分30秒?

 『億』単位の時間と比べて、その数値が『少な過ぎる』なんて事は無い。

 ただ、露が宇との戦争を片付けて、北海道侵攻を始めたら、その内1分なんてあっという間よ。

 露が滅ぼそうとしているのは、北海道じゃない。『世界』よ!」

「だからって、俺たちに何が出来る?

 違う世界軸から見守るのが精一杯じゃねぇか」

「――名案を思い付いたわ。

 『セレスティアル・ヴィジタント』と『アーンギル』の対立を煽るの。

 『セレスティアル・ヴィジタント』が日本を支配しようとしたように、ロシアを支配して貰えれば……。

 その為の理由なんて、『ロシアの首相は暴走したサタン』と云う情報を流すだけで、十分でしょ?」

 その、『名案』とやらに恭次が驚愕した。

「――お前、恐ろしい案、思い付くな……」

「いけない?私はいけると思うわ」

「確かに、『セレスティアル・ヴィジタント』の日本侵攻の際の人材的ダメージは、そろそろ回復した頃かも知れないがよぉ……。

 世界大戦に発展しないだろうな?俺はその一点が非常に不安だぜ?」

「『BRICS』の全てが動けば、そうなるかもね。

 でも、キラーチーム同士の闘争を、戦争の引き金にするかしら?」

 恭次が、今、最も恐ろしいと思っている一点は、隼那が本気でソレを現実化させようと企んでいると云う事実だった。

 そして、恭次が今、切実に欲している『冗談よ』の一言は、今の隼那が発するとは思えなかった。