第18話 恭次奮戦
「緋炎斬!」
また一人、金髪の男が炎に包まれた。
炎を操る恭次は、ファフニールを操る男たちに対して圧倒的な強さを誇っていた。
だが、ドラゴンを操る部下たちは違う。恭次と行動を共にしていた五人の内の一人は、既に倒れている。恐らく命は無いだろう。
30人を5人ずつに分けたが、1グループ毎の人数は、それでは少なかったようだ。
今さらながら、恭次はその事を後悔していた。
「手強いのに、当たっちまったな」
これまでに5人を倒している。セレスティアル・ヴィジタントの男たちは、二人ずつ組んで歩いているので、今は3組目を相手にしていることになるか。
「ドラゴンブレス!」
一人が、ドラゴンを使った最高の攻撃を仕掛ける。これをやってしまうと10秒程は何も出来なくなるが、大抵の相手はこれで仕留められた。
だが今は、正三角形の光の壁に、完全に弾かれている。
「クルセイダーというのも、取るに足らぬ相手であったな」
案の定、その攻撃を放った男は狙われ、光の三角で首を跳ね飛ばされる。
「敵と同じ言葉を話せるというのは良いものだな。
お陰で、一段と戦いが楽しめる!」
光の三角が、今度は恭次目掛けて投げられた。
決して早い動きではない。恭次だけは、それを迎撃することが出来た。
「緋龍の壁!」
腕を振ると、そこに炎の壁が現れた。三角はそれに触れると簡単に燃え尽きる。
それを当てる事さえ出来るのなら、相手の防御を打ち破る事も出来る筈なのだが。
「能力を発揮するのに、大声を出す事に意味があるのか?
では、私も真似をさせて貰う事にしよう。
トライアングル!」
中空から恭次たちを見下ろす男の前に、先程と同じ様な三角が現れた。
空から落とされた三角は、今度は一人の身体を真っ二つに切り裂く。
もしそれが恭次に向かって飛んできていれば、危なかった。
発声や脳に適度な刺激を与える行動は、最大で3割も威力その他が上昇する事が、クルセイダーの間で確かめられている。
「畜生!
空に浮いてねぇで、地面に降りて正々堂々と戦いやがれ!」
云いながらも、恭次はサイコワイヤーを展開する。
幸い、相手にはそれを感知するソフトは無いようだった。
一瞬の隙さえ生じればと、虎視眈々とそのタイミングを見計らう。
「負け犬の遠吠えだな。見苦しい。
少々、手こずり過ぎたようだ。仲間が駆け付けて来てしまったようだ」
男の視線に釣られて振り返れば、遠くビルの谷間に、5人ほど――2グループ4人か3グループ6人だろう――が固まってこちらに向かって飛んできているのが見える。
「リーダー!」
「狼狽えるんじゃねぇ!」
絶望的な状況だ。自分一人で逃げるのは容易だが、それは仲間を見捨てる事になる。
「こうなりゃ、てめえ一人ぐらいは、刺し違えてでも地獄に連れて行く!」
万策が尽き、追い込まれたことで恭次はキレた。
振り返り様に持てる力の全てを炎に変えて宙に放つ。
視界を遮るひと呼吸の間。その僅かな間に取り戻した力で虚空を跳び、空を飛ぶ男の背後に躍り出る。
目論見は完璧ではなく、間合いは僅かに遠い。だが展開したサイコワイヤーの作用点は変わっていない。
男に最も近い作用点を瞬時に判断し、再び跳ぶ。
「緋炎斬!」
「フンッ!馬鹿の一つ覚えなど、私には通用しない!」
炎の剣と光の三角がぶつかり合う。
拮抗を保てられるのは、僅かな時間。その僅かな時間が過ぎれば、天秤は恭次へと傾く。
だがしかし、相手にもそれを避けるに十分な時間が与えられる。
炎の剣は、残念ながらスーツの襟を焦がしただけだった。
「これで終わりだ!」
生み出される光の三角。落ちて行く恭次に向かって飛ばされたソレは、その身体を容易に切り裂くかに思われた。
だがそれは、ほんの間近にまで迫っておきながら、恭次の身体に触れることすら叶わなかった。
「チィッ、厄介なテレポーターめっ!」
男は前方へと進みながら振り返る。光の三角を四方に展開して警戒するが、何処にも恭次の姿は見当たらなかった。
「逃げたか?」
そう呟いた直後、フッと日が陰ったのを感じて空を仰ぎ、空から落ちて来る巨大な火球を見付けた。
重力に引かれて落ちるそれを避ければ、そこに恭次の姿が見えた。
「流星弾!」
恭次の手の動きと連動して男へと向けられたその火球は、掛け声と共に一直線に男へと向かって飛んだ。
もう、周囲の被害も後先も考えていない、全力での恭次の攻撃だった。
ソレが打ち出された反作用で、恭次の身体も地面とは水平に流される。
男は四枚の三角を重ねてその火球に備えた。
一枚目は瞬時に燃え尽き、二枚目も大差無い。三枚目でようやく火球の勢いを衰えさせ、四枚目でようやく束の間の均衡が保たれる。
勢いを失った火球は、そこで爆発を起こす。
「うがああああああああああああ!」
男の絶叫。爆音がそれを打ち消す。周囲のビルでは窓ガラスが割れ、悲鳴が上がる。
「くたばりやがれッてんだ!」
かなりの高さから落ちた為、着地の衝撃は骨にまで響いた。
すぐに襲い掛かる爆風にも耐え切れず、情けないまでにあっさりと地面に転ばされた。
地面に投げ出された恭次は、爆風が収まるとアスファルトの路面に大の字に寝転がって荒い呼吸を繰り返した。
相手がどうなったのかなど、確認しない。――いや、出来ない。
呼吸が落ち着いたところで目を開けば、そこには生き残っていた最後の仲間が立っていた。
「どうなった?」
「リ、リーダー……」
爆発の中心を見ていたその男は、恭次に声を掛けられると怯えた表情で情けない声を喉から絞り出した。
その反応が気になり、恭次は痛む身体を酷使して上体を起こした。
果たして、男は無傷であった。
後ろでは、電線が千切れている。街灯が黒い焼け跡を見せて傾いている。
なのに、男の服には新たな焦げの一つも増えてはいない。身体に関しては、言わずもがなである。
「――貴様は、強すぎる」
男の前には、四角い光が現れていた。
「命惜しさに、許可も無くスクエアを使ってしまった。厳罰ものの、命令違反だ。
貴様のソフトは、ファフニールすら凌駕している。三日前の私なら、死んでいた。
貴様のソフトを手に入れれば、処罰は逃れられる。
逃がさんぞ!今すぐ、仕留めてやる!」
「白銀の矢!」
その四角を飛ばそうと男が構えた直後、上空から幾筋かの光が走った。直上ではなく、少し後方からの女性の声と共に。
光は四角へと突き刺さるが、貫きはしない。的に突き刺さった矢のように、瞬間、震えていたが、その震えが収まると共に虚空へと消え去る。
「ここからは、私たちヴァルキリー部隊が相手よ!」