第20話 恐るべき風邪
「祖父ちゃん、いつまで生きるつもり?」
「そうさなぁ……。
人間の滅んだ後、もしくは破滅の間際。次に台頭しそうな知的存在を見極めたら、死んでも良かろう。
まぁ……人間以上の環境構築能力を持つ存在なぞ、予想が付きそうなもンじゃが」
「アタシらのウィルスの蔓延は、可能性として、どのくらいだと思う?」
「地球を支配するほど蔓延するウィルスだったら、とうの昔に台頭しておるわい。
所詮はウィルス。その存在を人間と言う存在に依存し過ぎとる。消え去る運命じゃろう。
……それより、遊んで行かんか?
最近、暇を持て余しておってなぁ。
あの娘とも、ちょいと遊びで騒ぎを起こしただけなんじゃよ」
無言で繰り出したパフェの裏拳を、伯爵は受け止めた。
「一発、殴らせなさいよ」
「いやじゃ。これでも老人じゃぞ?」
「アタシのコレを受け止められる老人が、タダの老人ではあり得ないわ。
ひ・と・が!どれだけ迷惑したと思っているの!」
続け様に放たれる蹴りも拳も、全て躱される。それどころか。
「惜しいのぅ……。
選び進む道を変えておれば、格闘技で名を残せたであろうに」
背後を取られた。
その囁き声を聞くまで、パフェはそのことに気付かなかった。
気付いた時には伯爵の姿を見失い、耳元で声を聞いたのだ。
「……祖父ちゃん」
「なんじゃい」
「格闘技、やりなさいよ。
今からでも世界一にでもなれるんじゃない?」
「儂は、平和主義者じゃ。
知っとるか?平和主義を貫くには、他の相手を圧倒する力を必要とするんじゃぞ?
交渉とは、優位な立場から、対等に持ち掛けるものじゃ。
拒まれたら、実力を行使する。
そうあらねば、人の世に争いは無くならぬ」
「格闘技は、スポーツよ?」
「攻撃を往なすだけが目的ならば、儂にも出来る。
だが、相手を叩き伏せるとなると、儂らは相手を殺してしまう。
相手を殺す事を、スポーツとしてはいかんじゃろう?」
「手加減すれば?」
「その技術を身に着けるまでに、三桁の死者が出る」
困った能力だ。伯爵でも持て余す。
それと比べたら、パフェの能力など、微々たるものだ。
……それでも、「多少鍛えた」程度の人間なら、一撃で殺せる。
「……ウィルスの影響の少ない、アタシらぐらいが、丁度良い感染具合なんでしょうね」
「天敵がおらんからな。成長する必要を見出さず、退化した。
……逆なら、この地球上で猛威を振るっておったわい。
――ある意味、既に猛威を振るっておるがな」
「……天敵がいないなら、繁殖するんじゃないの?」
「そのうち、分かるわい。
進化した風邪が、人間にとって最も驚異的な病であることは、とうに明らかになっとるしな。
それでもやがて、ただの風邪の一種として扱われる事になるじゃろう。
それに、ウィルスも生命体である以上、ソレを喰らう存在が在る筈じゃから、パンデミックにでもなったら、ウィルスを喰らう生命体が増殖するじゃろうからのぅ……」
何となく、パフェにも伯爵の言いたい事が、理解できた。
「こんなウィルス、誰が何の為に……」