心の傷

第25話 心の傷

「レズィン。頭が痛い。ひょっとすると酒のせいではないか?」

「そうに決まってるだろ!」

 かなり遅い朝食の席で、レズィンは怒鳴った。
 
 随分遅くまでレズィンは付き合わされてしまい、レズィンはやや寝不足気味だった。
 
「怒ることは無いだろう。そもそも、飲ませたのはレズィンだろう?」

 最初の一杯はな。レズィンは心の中で云う。
 
 昨夜、レズィンは大変だったのだ。
 
 フィネットの足に包帯を巻き、泣き疲れたところでベッドまで運んで、リットを縛り上げ、朝方までシヴァンに付き合わされ、最後は酔い潰れたシヴァンをベッドに運んだ。
 
蟒蛇うわばみ娘じゃなかったのが、救いだな」

「何か云ったか?」

「ん?

 フィネットの怪我が大したことがなくて、良かったと云ったんだよ」
 
 確かに足に負った傷はそれほどのことは無かった。
 
 が、フィネットにとっては心に刻まれた傷は深かったのだろう、昼近くになっても起きて来る様子が無い。
 
 ラフィアも起きて来るのが遅いが、ソチラは寝坊であろうと、レズィンは予測を付ける。
 
 もう一人は目を覚ましても動けはしない筈だ。
 
「さて、朝飯も食い終わったし、フィネットの様子でも見て来てやるかぁ」

 明るく振舞ってはいるものの、フィネットの気持ちを思いやると、気は重かった。
 
 レズィンも態度には出さないが、ショックは大きかったのだ。
 
 ついて来ようとするシヴァンを追い返し、重い足取りで、フィネットの寝室へと足を進める。
 
 コン、コン。
 
 ノックをするが、返事は無い。
 
 いっそのこと眠っていた方が楽だなと思いながら、扉を開ける。
 
 フィネットは、眠ってはいなかった。ベッドの上で膝を抱え、顔を膝に埋めていた。
 
「なんだ、起きていたのか。

 腹、減ってるだろ?何か食べた方が良いんじゃないか?」
 
 薄暗い部屋を横切り、閉ざされていたカーテンに手を掛ける。
 
 外は明るく、カーテンが開けられると部屋の中まで明るく日が差してきた。
 
「本当は、兄妹じゃなかったんだ……」

 暗く沈んだ声で、フィネットは呟く。
 
「だから、幾らでも犠牲にするって……」

 太陽を雲が横切り、せっかく明るくなっていた部屋が、再び薄暗くなってしまった。
 
「怪我、大したことがなくて良かったな」

 レズィンには、考えてもそれ位しかかける言葉が見つからなかった。
 
 下手な慰めの言葉では、却ってフィネットを傷つけかねない。
 
「……兄貴が軍の偉い人と、よく会っているのは知ってた。

 近い内、出世するってことも、言ってた。
 
 そしたらレズィンさんと組んで、この国を二人で動かすんだ、って……。
 
 ――こんなことになるなんて、思いもしなかった」
 
「――すまない。俺のせいだ」

「違う!レズィンさんのせいじゃない!

 兄貴も仕事のし過ぎでおかしくなってたのよ!
 
 知ってる?兄貴、もう何年もの間、二つも三つも秘密の仕事抱えながら、兵士として働いてたって。
 
 レズィンさんにも、私にも隠して!
 
 何でそんなことしてるのって聞いたら、知りたい事があるんだ、って。
 
 何年も、何年も、レズィンさんと会う前からずっとそんなことしてたって、私、知ってるんだから!」
 
「……そいつは初耳だな」

 リットの方が忙しい仕事をしているなという気はしていた。
 
 そもそもこの国の軍隊は、失業者対策と云われる程に、暇な仕事なのだ。
 
 訓練は十分にされているものの、戦場に出ることなく退職した者も少なからず出ている程だ。
 
 レズィンも最初は、下らない雑用紛いの仕事ばかりをやらされていた。
 
 戦場に若い内から出られたのは、偏に射撃の成績のお陰であろう。
 
「けど、半分は俺のせいだろう」