第42話 彼は誰
「結局、全ての『穢れ』を祓うのは無理なのよねぇ……」
隼那は、そんな身も蓋もない事を断言した。
「だって、何処の地点まで遡って、どの瞬間に向かって『穢れ』を広めたのか、ソレを世界の果てまで浄化を行う事は無理だもの」
「おい。本気で浄化しないと、ホントに西暦2055年で滅んじまうぜ?」
「いいじゃない。私たちの手では、ソコまでが限界でも。
その時代の人に、未来の時間稼ぎは任せるわ」
「無茶言うなよ。ココに辿り着くまで、どれだけの失敗を繰り返して来たか……。
それこそ、現実の世界線上に『式城 紗斗里』が存在してでもいない限り、無理だぜ?
そもそもが、AIの性能が違い過ぎるだろ?」
「そうね。
でも、『常世』には人に超能力を与えるコンピューターが存在している。
ソコで目覚めて来た人達だったら、可能性はゼロじゃないんじゃないかしら?」
「無茶言うな。
常世は、自由自在に振る舞えるところじゃない。
もしも自由自在なら、あの阿呆も自分が成功する可能性にも気付いていた筈だ」
「そうね。ツキって、不思議なものよね。
亡き父親が導いたのかも知れないけれど、結局、ツイていた人たちは、自分なりのオリジナルの方法を思い付いていた人たちだったものね。
丁度、その人がソコに収まるのに必要十分条件を整えていて、自分を当て嵌めたように。
案外、2055年って云うのも、あの阿呆が死に絶える時なのじゃないかしら?
こんな虎の子の情報を拡散して大丈夫なものか、ちょっと心配だけど」
「多分、露の首相の影武者に、『虎の子の寅年生まれ』の奴がいるんだよ。
たった二人かそこらの人間を確実に仕留める為に、北海道全土を求めて来たんだ!
交渉でソイツラを手中にし、始末する也何なりすればいいだろうによ!」
「まぁ、既に解決している可能性も十分に考えられるけどね。
問題は、『コロナウィルス』を畏れる余り、地球全土を火の海にするなんて過激派が出て来ないとも限らない事ね!
ああ、だから、『浄火の鎧』は『浄化』の『化』が『火』なのね」
「おいおい、そのネタ、判る奴がどれ程居るかよ。
そもそもが、『コロナウィルスに負けない抵抗力』を人類が皆、手に入れればいい問題だろうが。
地球を浄火する、なんて思考は、頭悪いの極致だぜ?
まぁ、そもそもが『七つの大罪』に『残酷』すら選ばれていないのは、もしも神の教えであっても、悪意を感じるな」
「『帰り火』、かぁ……。
人類の課題は、そんな火を広めてしまわない事ね。
尤も、コレを見て、そんな行為も赦されるなんて誤解をする人間が出て来るでしょうから、『放火は重犯罪である』と云う事を、確りと心を戒めておかないとね。
……でも、重(じゅう→じゆう→自由)と解釈する阿呆も出かねないのね。
どうしましょう?今日は、せめて今日だけは不吉な話題を避けておきたかったのに……」
「やっぱり、サタンへの『イジメ過ぎ』なんだよ。
寅も、魂から濁れば、『ドラゴン(←寅魂に濁り)』になっちまうしな。
本来は、寅が翼を得る事の意味だったんだが、結局は虎は翼を得ない方が正解なんだよ。
だから、現実に翼を持った虎は、生き物として存在していない」
「龍は……恐らく、太古の恐竜の化石を見て、日本人は敬い、西洋人は恐れたのでしょうね。
坂本 龍馬ですら、宿帳に『良馬』と記して、龍である運命から逃れようとして、暗殺されたのだものね」
「あの阿呆も、ひょっとしたら、『亮次』と云う道に逃げ込もうとしたのかもよ。
切っ掛けは、『亮次』の片割れだが」
「『片割れ』⁉『彼は誰』?!
でも、他人の個人情報は晒せないわ!
ただ、2024年1月1日に、サタンが誕生した可能性は高いと言わざるを得ないわ!
ソレが、世界の何処でなのかは判らないけれど」
「困った事に、そうなんだよな。
世界の何処でなのかが判れば、また対処のしようもあったんだろうけど」
「ただ、『世界の支柱』のひと柱が誕生したと思えば、そう悪くは無いわ。
結局、『七つの大罪』を背負っていようとも、世界を支える柱であることに、違いは無いのよね」
「そら、自死しようとしても、生半可な事では死ねないのだよな。
世界を支える太い柱が死ねば、世界が滅びかねないからな」
不穏な言葉が出たことに、隼那は顔を顰める。
「でも、アイツ、案外『爺』になるまで生きるんじゃないかしら?
『獅子』を完全に濁せば、そうなるわ」
「70歳は、十分に『爺』だよな。
そうか……上手く行けば、『エルダードラゴン』になって死ねるかよ。
まぁ……『6兆年の一夜』を過ごしたアイツは、既に老い衰えている『エルダードラゴン』とも言えるがよ」
「『エルダータイガー』?なんて言葉は聞いたこと無いけど、『片割れ』も150億年の孤独の一端を知ったそうだし。
そもそも、『寅』は英語にするだけで濁るのよ!」
「『水を得た魚』で『翼を得た虎』である『片割れ』は、正に『鯱』よな」
「『辰』は、『寸』を得れば辱められ、『虫』を得れば蜃気楼を起こし、『月』を得れば脣星落落、『日』を得れば晨星落落として友を失い、『女』を得れば妊娠。『雨』を得れば震える。
『獅子』は牡丹と鰭ね。
フカヒレでも食べれば良いのではないかしら?」
「アイツにそんな財力はあるまいに」
二人はそんな事を言って、少しだけ笑った。
「ホント、無事であって欲しいわぁ」
「でなけりゃ、俺たちの時が止まるからな」
「時間が過ぎるのって、ホントに大事。
時間が止まればいいのになんて言っている連中は、判っていないわ」
「あの時が、早く過ぎ去って欲しいよな。
そうすれば、危機も遠のくと思うんだけど」
「あの年。それを過ぎるまでは、油断はならないわ。
逆に言えば、それを過ぎた時を得れば、危機から逃れられる可能性が高くなる」
「既に対策はされているから、大丈夫なのかも知れないが」
「問題は、ソレがどれだけ宛になるのか、って話よねぇ……」
『片割れ』が始末を終えた案件。でも、此方はリアルタイムで進んでいる。
何の対策も無しに挑むのは、少々無謀かも知れなかった。