第17話 延命措置の可能性
「……ん?」
「どうした、紗斗里?」
「いや、ちょっと気になる情報が……。
疾風、キラーの存在を知っているか?」
疾風が、眉間に皺を寄せて答える。
「キラー?聞いた事も無いな。
それが一体、どうしたんだ?」
「それが……セレスティアル・ヴィジタントというキラーが、どうやらデュ・ラ・ハーンの製造に、深く関わっているらしくてね。
これは、香霧のお兄さんに聞いた方がいいかな?」
最後は独り言のようにそう言うと、疾風がそれを気にして問いかけた。
「キラーってぇのは、要するに何なんだ?」
「ああ。キラーは、デュ・ラ・ハーンを操って、不良気取りでいる、チンピラの集団らしいのですよ。
もっとも、クルセイダーというキラーは、セレスティアル・ヴィジタントと対立し、どちらかと言うと自警団のようや役割を果たしているらしいが、それでもデュ・ラ・ハーンを使うのを目的として喧嘩をする事は、日常茶飯事らしいですがね。
どちらにしろ、デュ・ラ・ハーンを使いたくてウズウズしている人間の集団という事には、全く変わりないらしい。
今度、情報源として一人か二人、楓に捕まえて来てもらうよ」
疾風が嘆息した。
「そんな人間、危なくて、この研究所に入れられるわけが無いだろう」
「楓の友達に、香霧という同級生がいて、その香霧の兄がクルセイダーのメンバーらしいから、協力して貰ったらどうかな?」
「それでもダメだ。
そんな事より、早く謎のマシン語の解明に取り掛かってくれ」
「もう始めている。
全く、マルチスレッドを行えないなんて、何て不自由な思考回路をしているんだ、人間は。
今のところ、一番怪しい命令以外は、単独で走らせてみた。
が、何の反応も現れていない。
どうやら、それらの複合効果により、超能力の発動は行われているようだ」
「なら、さっさとその一番怪しい命令を走らせろよ!」
半分呆れて、半分怒って疾風は言うが、紗斗里は人差し指を振って、「チッチッチッ」と舌打ちをした。
「一番怪しいというのは、楓に死を齎す作用を持っている可能性が最も高いという意味で、僕は一番怪しいと言ったんだ。
そう簡単に、その命令を走らせる訳にはいかないよ。
それと、朗報が一つ。
死に至らしめる命令は”目星がついている”という程度だけれど、そのカウントダウンを行っているプログラムは判明した。
そのカウントダウンを止めることは、副作用として楓の生命活動を止める可能性がある為出来ないが、遅くすることは可能のようだ。
今、その為の楓専用のプログラムを考案中だが、プログラミングまで同時進行は難しい。
楓が帰ってから、本格的に取り組むよ」
「いつまで引き伸ばせそうだ?」
真剣な顔をして、疾風は訊ねた。紗斗里の方も、真剣な面持ちで返した。
「10年先までは」
「そいつは良かった!それだけあれば、ワクチンを作る時間は十分だろう!
ねぇ、式城先せ……い?」
これには喜ぶだろうと思って睦月の方を向いた疾風は、彼女が、まだ虚ろな目で体育座りをしていることに気付いた。
このままではいけないと思った疾風は、大きく息を吸うと、それを一気に声にして、叫ぶように吐き出した。
「式城先生!!」
ビクッと、睦月の身体が震えた。そして、まだ半ば虚しさを帯びた目で、疾風の方を向いた。
「……何?」
「何をしているんですか!白衣にも着替えずに!
あなたは仮にもここのチーフでしょう!
それと、聞いていなかったのですか?
紗斗里が、楓ちゃんの寿命を10年は引き伸ばせる術を発見したのですぞ!
それだけの時間があれば、デュ・ラ・ハーンのワクチンを作る事も、決して夢ではない!」
「本当?」
睦月の目が、輝きを取り戻した。
彼女は立ち上がり、疾風の胸倉を掴んで強く問い掛ける。
「本当に、ワクチンは出来るの?楓は助かるの?
嘘でも良いから、本当と言って!」
「本当ですよ」
一瞬、疾風が躊躇った隙に、紗斗里が答えた。
「但し、確率は五分と五分。
デュ・ラ・ハーンを作ったコンピューターと、僕と。
どちらが高性能なのか。負けはしません!」
「そういうことですから、式城先生も白衣に着替えて、仕事をして下さい。
ワクチンが出来上がる確率を、1パーセントでも高める為に」
疾風がそう言う事で、ようやく睦月に彼女らしいキリッと引き締まった真剣な表情が浮かべられた。
そして、それによってようやく疾風に、「これはいける!」と思わせた。
疾風が、年下である睦月のことを「先生」と呼ぶのは、疾風が、睦月の能力を認めているからなのだ。
有能な人間が、トランス状態の紗斗里を含めて三人。
三人寄れば文殊の知恵と言う。何とかならないことは無いだろう。
「紗斗里。デュ・ラ・ハーンのプログラムをプリントアウトしてくれ」
「了解。しかし、プログラムを見て疾風に分かるかな?」
「だからと言って、お前一人に任せる訳にはいかないだろう。
そうそう、正体不明の命令群だが、それは単なるデータである可能性は無いか?」
「そのことを示す命令が無い。いや、発見出来ない!
クソッ!それさえ無ければ、僕の中で走らせて、経過や結果から予測することが出来るのに……!」
紗斗里が言う前に、プリンターが勝手に動き始めた。すぐさま、疾風がそちらに向かった。