師匠を越える為

第13話 師匠を越える為

 三日休んで英気を養って。

 当然の如く、修行は休まず。

 モリモリ食べてグッスリ眠って、すっかり疲れが抜けきった頃。

「よし。明日からまた、迷宮に潜るぞ」

 ヴィジーからの提案が出された。

 反対意見は無い。──否、ミアイがアイヲエルにこう言ったのみだ。

「ねぇ、アイヲエル。迷宮探索なんて止めましょうよ」

 だが、アイヲエルは頑としてそれを受け入れなかった。

「否、迷宮に潜る!」

 それは一体、どんな使命感から来る決意なのか。

 それが分からないから、ミアイはアイヲエルを説得出来ない。

「良し、各自、今日中に準備しろ!」

「ああ、またしばらく、お風呂に入れない……」

 ミアイはただ、そう嘆く。判っていた事だ、気にしたら負けだ。

「第一層のノイズの原因となる罠は打ち抜いた。

 第二層に上がる階段のところまでは、転移魔法で行くぞ!」

 そのヴィジーの言葉に、糠喜びと分かっていて、ミアイは喜んだ。

「サッサと行って、サッサと帰って来ましょう!」

 こうして、ミアイは乗り気満々になった。

 保存食等を買い込んで、皆は翌日に備えた。ミアイは加えて風呂に入り、その銭湯のように広い風呂に後ろ髪を引かれる思いで準備を整えた。

 アイヲエル、竜人二人、フラウ、ミアイ、そして最後にヴィジーと云う順番で、六人は第二層に上がる階段の前に転移した。

 そして、陣形を組んで第二層に上がる。

 第二層は、第一層より少しだけモンスターが多かった。

 故に、時間が掛かる事は確定的であり、急いで一週間と云ったところだろう。

 実際には、警戒の為にそんなに急げないが、それでも一週間での踏破は努力目標となった。

 アイヲエルと竜人二人の練度も上がって来た。最早、こんな浅層ではダメージらしいダメージすら受けない。

 それはそれで、ミアイやフラウの士気が上がらないのだが、ヴィジーは未だ、大丈夫との判断をしていた。

「全員、油断するなよ。一撃喰らって、回復に手間取ったところが壊滅のきざはしとなりかねんぞ!」

 油断する筈は無いが、油断とは無意識にしてしまうことだ。

 意識している間は良い。問題は、無意識のレベルで警戒している時だ。

 前線の三人は、特に戦闘の主力なので、油断する猶予も無い。

 だが、慣れで無意識に戦っていた場合、その瞬間、油断は現れる。

「意識飛ばすな!意識して戦え!」

 そんな時は、ヴィジーの言葉が叱咤激励した。

「ヴァイス、シュヴァルツ、罠あるぞ!踏み込まないように戦え!」

 油断する猶予も無い環境にある程度順応していたアイヲエルは、罠の存在を感知しながら戦う。

「はい、親分!」

「あい、親ビン!」

 そして、アイヲエルの言葉で竜人二人は意識を確たるものとして戦う。

 戦闘の相手は、ホワイトウルフが多かった。第一層よりも、多いイメージだ。シャイ・アントは減ったイメージだが、実際に計数すれば解るだろうが、増えても減ってもいない。ホワイトウルフに対して相対的に減ったのみだ。

 肝心の罠は、ヴィジーが感知してモンスターごと魔法で打ち抜く。

 一日で、二十ほどの罠を潰して、一行は休みを取った。

 今後の事を考えて、竜人二人とフラウには、休憩中の警戒を手伝わせた。

 アイヲエルの方に竜人二人を割り振り、ヴィジーがフラウと組む感じだ。

 将来的には、短時間でも、三人にも警戒を担わせ、それでも、常にアイヲエルかヴィジーのどちらかは警戒することになるだろうし、ミアイは論外だ。お嬢様過ぎる。

 そうして、三人も短い睡眠でテンションが上がって来た。

 誰かのテンションが下がった時が引き上げ時だろうと、ヴィジーは勝手に判断していた。

 マッピングは、ヴィジーが魔法で自動的に行なっていた。コレを行なわないと、同じ場所を何度もチェックする破目になったり、チェック漏れが出て来る事に繋がりかねない。

 故に、リーダーはアイヲエルでありながら、責任者はヴィジーなのだ。

 責任を負う代わりに、リーダーへと進言する権利を握っているのだ。

 この際、基本的にリーダーたるアイヲエルに拒否権は原則、無い。

 風神王に対して、アイヲエルとミアイを護る、責任を果たす為の原則だ。アイヲエルとて、その原則には逆らえないのだ。

 それにしても、だ。

 アイヲエルにしてみれば、過保護なのか厳しい教育方針なのか、時々分からなくなる。

 確かに、訓練は実践より、体感ではゆるい。その僅かな余裕で、罠を感知しながら戦える。

 でも、思うのだ。罠は確かに踏んでいないが、魔法で打ち抜く際に発動させているのではないかと。

 巻き込み型の罠に当たった時に問題になるのではと思っていたのだが。

「大丈夫だ、巻き込み型の罠は中層より深くにしか存在していない」

 それは、ある程度の迷宮探索をしている者にしてみれば、常識なのだと。

 ヴィジーはそう言うが、アイヲエルは恐らく経験則でしか無いだろうと思っていた。

 だが、ヴィジーは続けてこう言う。

「アイヲエル、疑問を持つなよ?

 あり得ない事だが、もしも神子の、しかも継承権第一位のお前が『あるかも知れない』と云う疑問を持てば、そのあり得ないことが覆る可能性がある。

 お前が『断じてあり得ない』と思い込んでいれば、少なくとも、巻き込み型の罠は発生しなくなる。

 神王は、決して浅層に巻き込み型の罠を仕掛けないし、あとはお前の認識一つなんだ。

 下らない自滅は、儂かて嫌だぞ?

 少し自信を持って認識してくれ。

 そうすれば、結果はおのずと変わる」

 そんなものだろうか?とアイヲエルは疑問を持ったが、今まで、ヴィジーの教えに間違いは無かった。

 即ち、ヴィジーの教えに従っていれば、間違いは無い筈だ。

 だが、同時にまた、アイヲエルはヴィジーの言う通りにしている間は、自分の殻を壊して大きくなることも出来ないのだろうなと思っていたのだった。

 これは、師匠を持っている者の定めだ。師匠を超えるには、時には師匠の教えに背いてでも、自分の殻を壊して大きくならなければ、師匠と云う存在は越え難い存在なのだと。