寿司とお刺身

第30話 寿司とお刺身

 3年生が卒業して行き、新1年生が入学して来る。

 そのかんわずか一週間である。

 寮は、旧3年生が出て行った、3階に新1年生が入って来る。

 サイクルを回す訳だ。

 そして、入学式より前に、新入生の歓迎会が開かれる。

 高等学園なら話は別だったのだが、未成年故に、酒は出ない。

 その代わり、ローズ達が主導して『食事改革』をした寮の、絶品料理が振る舞われる。

 丁度金曜日だったので、カレーまである。

 だが、バルテマーとデッドリッグに関しては、全く別の重要な課題があった。が、それは顔合わせの時に、既に済んでいた。

 7人目のヒロイン候補生、ダグラ・バロネット=シュルツと、追加コンテンツに実装予定だった、隠れヒロイン、イデリーナ=ホフマンである。

 2人は当初、ぼんやりしていたが、ある瞬間を境に、態度が急変した。

「えっ!?『ヘブンスガール・コレクション』の世界?

 えっ?!しかも、『デッドリッ屑』モード!?

 嫌、それは無いわ!

 かと言って……(皇子様相手に、殴る訳にもいかないし……)」

 ダグラは、皆と同じく、記憶の蘇りに困惑していたが。

「ほぇー……。ゲームをクリアして寝て目が覚めたら、そのゲームの世界の中にいる……。

 へぇー、しかも、私、聖女じゃないのかしら?」

 イデリーナは感心している様子であった。

 そこへ、颯爽と現れるバルテマー。正に、『皇子様』である。

「記憶が蘇ったようだね?

 二人とも、後で会議室で話に付き合っては頂けないか?」

「「勿論です」」

 先ずは食事が済んでから、と云う話になるが、ローズの代理として、バチルダがデッドリッグに食事の案内をした。

「えっ!?寿司?刺身?!

 ローズはこのお膳立てを整えて卒業して行ったのかな?」

「ええ。5日に提供しなければならないと、随分と意気込んでいらしてましたわよ」

「だからって……ローズは食べられないのだろう?」

「ご安心を。私たちの分を除けば、バルテマー殿下にしか、提供出来ない量しか用意出来ませんでしたから」

 デッドリッグは、心中でローズの苦労を労い、感謝の言葉を念じた。

「(ありがとう、ローズ)いただきます」

 その様子を見ていた、バルテマーやダグラやイデリーナ。

 待てが掛かる前に、デッドリッグ達は食事を始めていた。

「おお、ちゃんと美味しいお寿司やお刺身だ!

 ……苦労を掛けたな、ローズ……」

「殿下、まるでローズさんが亡くなったような表現を使うのは如何なものかと思われますが」

 デッドリッグも、サッと先ほどの発言の記憶を思い出す。

「ああ、そうか。

 だが、この世界の神様はローズを大層可愛がっているから、そうそう亡くなる事は無いぞ?」

「それでもで御座います。

 貴族の中には、揚げ足取りを上手とする者が多数おりますので。

 殿下が、貴族になった時の為に、そのような発言は控えて頂きたいかと」

 デッドリッグは、将来の自分の立場を考え直して、「うん」と呟く。

「判った。忠言、有り難く」

 そうデッドリッグが言った事で、バチルダがようやく引き下がり、お寿司を頂く。

「それにしても、学食の厨房で働く人の腕前、大したものだ。

 寿司だって、ただ握れば必ずしも旨い訳では無かろうに」

「ローズさんが散々苦労をさせていましたから。

 味噌と醤油だって、魔法を使ったとは言え、ローズさんの陣頭指揮の下、1年間で完成させた代物で御座いますからね?」

「──ちょっと気になったんだけどさ」

 デッドリッグがバチルダに向かってそう声を掛けた。

「バチルダだって、側室とは言え、俺の嫁になる訳だぞ?

 前世の記憶では、男女同権が強く言われていただろう?」

「ですから、コチラの世界の事情と、貴族世界の風習や慣わしと云うものが御座いますれば……」

 そこから先は、バチルダからデッドリッグへの説教となりそうだから、デッドリッグが止めた。

「今は美味しいお寿司・お刺身を食べる時間だ。いいね?」

「はい、かしこまりました」

 そこからは、静かなお食事会で済んだのだが。

「おい、デッドリッグ。俺も希望を出せば、寿司や刺身は食べられるのか?」

 食後に、バルテマーがそう訊ねて来る。

「うーん……俺の立場では、どうとも言えないですね。

 厨房の方にお訊ねしてみては?」

「そうか。──そうしてみよう。

 今回、用意したのは、ローズなんだな?」

「ええ。見事な手際ですよ、全く。

 何もこんなタイミングで実現しなくても良かっただろうに」

 バチルダが、デッドリッグのその勘違いもはなはだしい発言に、苦言を呈す。

「何を仰っておいでですか。

 学園を卒業し、高等学園に入学する前の、ちょっとした手続きの暇があったからこそ、成し遂げた結果で御座いますよ?

 ローズさんも、さぞかし一緒に食べたかったと思ってらっしゃる筈で御座いますよ?」

「……そうか。俺はローズに随分と苦労を掛けたのだな。

 ──感謝!!」

 その、「感謝」の単語だけで表現した本当の感謝の気持ちが、ローズを始めに、ネタの魚介類や米や酢、その他を準備するのに関わった、全ての人に対するものであり。

 デッドリッグがその単語一つに込めた想いは、果てしも無く広く深いものであった。

 ひょっとしたら、その深淵しんえんのぞくのは危ないのかと思わせる位には。

 何事も、知り過ぎない方が良いのである。

 そんな役割は、専門の研究者に任せておけば、それだけで良いのかも知れない。