第4話 対エンジェル戦
「えーと……『A・L・P・H・E・L・I・O・N』……。
……『アルフェリオン』と読むのかな?」
ピーッ、ピーッ。
ドキッ、とするようなタイミングだった。
事実、アイオロスはかなり驚いた。
刀が音を発しているのかとすら思った。
だがその音は、アイオロスの背後から聞こえていた。
あの、エンジェルの収まっていた、水槽の方から。
慌ててアイオロスは、その透明な刀身の刀をコートの中の鞘に収め、コンピューター端末を置いたデスクの陰にしゃがみ、身を隠した。比較する為に取り出した、昔から愛用している刀の方は手にしたまま。
そしてそのまま、こっそりと様子を窺う。
(よりにもよって、アルフェリオンだって?
師匠の言っていた、あの金属の名前じゃないか!
何で刀の名前じゃなく、その名前が刻まれているんだよ!
……それとも、コレがアルフェリオン製で、刀の名前もアルフェリオンなのか?)
水槽の中では、段々と水位が下がり、やがて満たしていた液体が無くなると、もう一度、ピーッ、ピーッと音を発した。
僅かに間を置いて、中にいたエンジェルが歩み出た。不思議と、濡れた様子は無い。
ふわり。
背中の白い翼が、一度大きく羽ばたくと、エンジェルの身体が軽く浮き上がる。
瞼が開き、顔がアイオロスの隠れている方へと向けられた。
「そこに隠れているのは分かっています。
抵抗しなければ、危害は加えません。
大人しく出て来て下さい」
(嘘だ)
アイオロスは即断すると、刀を左手に構え直した。利き腕は右であるが、右手は不意を衝く為に、非常時に備えて空けておく。
アイオロスは、この戦術をもって5体ものエンジェルを葬った経験を持つ、ちょっとした有名人であった。
(……あと一発、か)
改めて、懐の拳銃の、弾丸の少なさを恨めしく思う。
アイオロスが、刀を二本持っているのに――今現在は三本だが――、何故、拳銃をも持っているのか。
その秘密は、銃の発する音にあった。銃声だ。
弾丸を当てる事は、目的では無い。よほど接近して撃たない限り、拳銃を発砲することによる銃撃は、エンジェルには簡単に防がれてしまう。
では、アイオロスは何故、拳銃を持って、その銃声に頼るのか。
実は、これは銃声に限らないのだが、大きな音は、エンジェルの集中を乱す。つまり、それはエンジェルが一時的に魔法を使えなくなることに繋がる。
例外には、アイオロスは未だ出会った事が無い。
もしも、例外となるエンジェルと出会い、戦う事になったら、アイオロスは死ぬだろう。
魔法さえ使われなければ、アイオロスには左右どちらの手でも刀を片手で持って振り、エンジェルの羽根を刎ねるだけの技術があるので、容易に勝つことが出来る。
だから、出来れば拳銃を撃つのは、エンジェルの耳に近ければ近いほど良い。
そのような戦い方をしているので、アイオロスは銃の命中精度には自信が無かった。
また、拳銃は撃つ直前まで隠しておかなければならない。
でないと、警戒して前もって魔法によるシールドを張られてしまうと、拳銃も刀も通用しない。
刀も、出来れば隠しておきたいのだが、銃を抜き撃った直後の居合抜きで、一刀の下に斬り伏せる程の高い技術を持っていると自慢出来る程までは、流石のアイオロスでも自信は無い。
なので、今から始まる戦いにおいては、その残り一発の弾丸の使い道が明暗を分けることになる、と思われた。
エンジェルが歩み寄って来る。
もう、迷っていられる余裕は無い。
魔法で一気に攻め立てられると、もう、為す術が無い。
あとはいつまで耐え凌げるか、という事になる。それ以上の事を考えずに、アイオロスは飛び出していた。
低い姿勢で走り、一気に近付いて刀を突き出す。――躱された。
防がれる筈のそれを躱されて驚くが、ゆっくりと驚いていたら殺されてしまう。即座に右手を走らせ、あとは耳の傍で拳銃を撃てば……。
「ぐっ!」
懐に手を入れて、エンジェルのすぐ傍に身を寄せたまま、アイオロスはくぐもった呻きを洩らした。
苦痛で顔が歪み、全身が硬直したように動かない。
彼の鳩尾には、エンジェルの膝がめり込んでいた。文字通りにめり込んでいる訳では無いが、苦痛だけなら十分なものがある。
(……コイツ、――違う!)
思った時には、既に小さな動きからの掌底が、アイオロスを大きく吹き飛ばしていた。
「投降して下さい」
(魔法以外で戦うエンジェルなんて、初めて会った)
「無益な戦いはしたくありません」
エンジェルの声を床に転がったまま聞きながら、ふと、あることに気が付いた。
(……もしかして、ココを護るためにいるのか?
もしそうならば、大きな魔法は使わない……いや、使えないのかも)
アイオロスは、今度は右手で刀を拾って立ち上がり、左手にも刀を取り出し、握る。
まだ、手に入れたばかりのあの刀は、見せない。
構えてみせると、今度はエンジェルの方から近付いて来た。
僅かな羽ばたきで、滑るように近付いて来る。
そして、予備動作も無く足が伸び、アイオロスの頭を捉えた。
不意を突かれたようなものだった。
一瞬、意識を持っていかれそうになりながらも、刀を振り回す。
当たりはしないものの、それで追撃を防ぐことが出来た。
(体術の得意なエンジェルなんて……。
それも、多分、僕より――強い!)
多少、意識にはっきりしない部分が残っているが、それでも半ばデタラメに、刀を突き出した。
全て空を切るだけだったが、多少間合いを稼ぐことが出来た。
意識がはっきりとしたところで一度、一気に攻め込むと、そのエンジェルは大きく後ろに飛びずさり、そのまま、しばらく睨み合いとなった。
「――聞きたいことがあるのですが、答えて貰えませんか?」