第6話 姫

「テェール」

 その時、ウィリアムを呼んだのだろうか。どこからか、大きな声がウィリアムを責めた。
 
「ここには来るなと言っただろうが」

 三人と歳はさほど変わらない男が二人。ヤンキーと呼ばれる手合いに近い雰囲気の、パフェらが嫌うタイプだ。
 
「……ごめん。二人とも、逃げて」

 小声でパフェと緋三虎へ言うウィリアム。
 
「なんで?」

「パフェはともかく、久井さんは巻き込みたくない」

「アイツラ、知り合いなの?」

「クラスメイトさ」

 ヤンキー二人を眺め、パフェは別にどうこう思うことは無い。
 
「だから?」

「カラオケは、いつか奢る。……この三人で二時間。約束するから、久井さんの身の安全を任せたい」

 パフェの強さの片鱗を知るウィリアムの発言に、パフェと緋三虎で視線の会話。
 
「そう。じゃ、さっさと入ろうよ。いつか、なんて約束、そう都合良く果たせるものじゃないでしょ?

 それとも、何?アイツらを何とかしなければ、今だと都合が悪いの?」
 
「何とかなるわけが無いじゃないか!」

「何とかしようか。ね、緋三虎」

「ええ」

 ヤンキー二人に向かって行くパフェと緋三虎を、ウィリアムは必死で止める。
 
「無茶、言うなよ!アイツラ、柔道の中学チャンピオンと空手の黒帯だぞ?」

「おいおいおいおい。

 テェール。お前、俺ら無視して、一度に二人の女を口説こうとしてやがるのか?」
 
 ウィリアムの顔色が、一気に蒼褪めた。
 
「ち、違うんです!」

「そうよ。アタシら、友達なの。放っといてくれる?」

「そうかい、そうかい。

 俺らも、輝の友達なんだよ。仲良くしてもらえねぇかなぁ」
 
「ええ、良いわよ。……じゃ、握手でも」

 パフェと緋三虎が差し出した手を、素直に握った二人。直後、その顔が苦悶に歪んだ。
 
「いっっっってぇぇぇぇ!」

「放せ!放せっての!」

 笑顔で手を握り続けるパフェと緋三虎。ウィリアムだけが、何がどうなっているのかを理解出来ずにいるようだった。
 
「ウィリアム。柔道やってる方、どっち?」

「あ……パフェが握手している方」

「ねえねえ。アタシ、山嵐って業、やってみたいの。受け身、上手なんでしょう?試させてくれない?」

 言った直後には、組手を変えてパフェは男を投げ飛ばしている。緋三虎も、握った手の動き一つで転ばせる。
 
「痛……ってぇ。

 テメェら!俺らを舐めてかかってたら、地獄見せンぞ!」
 
「黄口サン!」

 一人が向いて呼んだ方に、いかにも『ヤ』っぽい感じの男が、偉そうに葉巻をふかして立っていた。
 
 呼ばれたからだろう、近付いてくると、サングラスをかけているにも関わらず、明らかにそうと分かるほど、表情を変えた。
 
「姫!」

「あら。誰かと思ったら、お父さんの手下の方じゃない」

 片膝ついて成り行きを眺めていたヤンキー二人の頭が、『黄口さん』とやらに蹴飛ばされる。
 
「馬鹿野郎!絡む相手を考えろ!

 ……とりあえず、土下座だ、土下座!
 
 スンマセン、姫」
 
「土下座だなんて……大袈裟な方ですね、相変わらず」

「あ、黄口さんとやら。今後、二度とコイツにそこの二人とその仲間が絡まないよう、言い含めて貰えます?

 ……って、虎白さんに、『結城 李花』が言っていたって、伝言よろしくねー」
 
「こ、虎白の兄貴のお知り合いでしたか。スンマセン、コイツラには、重々承知するように言い含めておきますので!

 ホラ、お前ら。詫びの言葉ぐらい言えるだろ!」
 
「す、スンマセン!」

「申し訳ありませんでしたー!!」

 三人が、何故、土下座なんぞをしているのか。ウィリアムには全く理解出来ない。
 
 しかも、緋三虎は「オホホホホ」と漫画みたいな笑い方をしている。
 
「とりあえず、目障りですから、私の目の届かない所まで、急ぎでいなくなってくれませんか?

 私、これからカラオケ奢って貰いに行くんです」
 
「承知致しやした!

 テメェら、行くぞ!
 
 ……それと、そこの坊主」
 
「「坊主!?」」

 黄口がウィリアムになるべく優しく声を掛けたつもりが、選んだ単語の問題で、二人に責められる。
 
「す、スミマセン!

 で、兄ちゃん。コレ、取っとけや」
 
 そう言って、黄口はウィリアムに万札を一枚渡す。
 
「姫に何一つ不自由の無いようにこの金は使え。良いな?」

「ねぇ、黄口さぁん?」

「スンマセン!用件済んだんで、今すぐ消えます!」

 そう言って、黄口は走って立ち去り、去るのが遅い二人のケツを叩いていた。
 
 そして、平和な時間がようやく訪れた。
 
「……あのぉ、白井さん?」

「あ、はい。……何でしょう?」

「今、見たことは、コレということで」

 唇に、人差し指を立てて当てる。「内緒」とでもいう意味だろう、とウィリアムは解釈した。
 
「はい。……それは構いませんが……」

「詮索もしないで下さいね。

 ……口止め料ですわ」
 
 頬に、軽くキッス。ウィリアムの顔が真っ赤に染め上げられた。
 
 ウィリアムは、その瞬間、世界一幸せで、パフェは、世界一不幸だったかも知れない。