第32話 天罰
その晩の事だった。
コンッコンッ。
デッドリッグの部屋のドアがノックされた。──バチルダだった。
デッドリッグは「はい」と返事をしてから、名乗りを確かめて鍵を開け、バチルダを迎えると念の為、鍵を閉めた。
「今日、バチルダの番だったか?」
「いえ、──ローズさんが高等学園に行ったので、順番は繰り上げて私から、と云う相談を致しまして……。
よろしかったでしょうか?」
「ああ、構わないが……しばらく、上の気配を探らないか?」
「……?」
「上で床がギシギシと鳴ったら、流石に下の階では聞こえるだろ?」
「ああー、まぁ、そうですね」
「まぁ、隣にでも座ってくれ。しばらく、耳を澄ませよう」
デッドリッグが自分も座るベッドの隣をパンパンと叩いた。
座ったバチルダと囁くように喋りながら様子を窺うと、やがて天井がギシギシと軋み始めた。
「さあ、兄上も始めたようだぞ。
どうする?バチルダ?」
「どう……とは?」
「今から、俺が襲い掛かっても構わないのかな?」
バチルダはクスリと笑って、こう返した。
「どうぞ、ご随意のままに」
その返答を確認して、デッドリッグはバチルダを押し倒した。
それから暫し。
デッドリッグとバチルダは、一戦終えて、並んで横になっていた。
「……上、偶に止まるけど、まだ軋んでいるな」
「ええ。お盛んですね──と、先ほどあんなことをした私たちが言えた義理では無いのですが」
ハハハとお互いに笑い合い、それから暫くしてから。
「──長くないか?」
「ええ、長いですね。
殿下も、お預け状態で欲求不満が溜まっていたのではないですか?」
「だとしても──体力は、有り余っているか。
バチルダ、君はどうする?」
デッドリッグの問い掛けに、バチルダは理解を示さない。
「どう、とは?」
「上が終わるより前に戻っていた方が、鉢合わせにならなくて済む分、気まずくはならないのではないかなと思ってな」
「ああ、それはそうでございますね」
そう言って、バチルダは服を着直す。
「では、私はお先に。
殿下も、上ばかり気にせず、よく眠っておいた方がよろしいかと」
「ああ。そのつもりだ」
「お休みなさいませ」
「ああ、お休み」
二人は逢瀬を終えて、眠りに就こうとする。──だが。
「上が五月蠅くて眠れないな。
にしても、兄上は兎も角、どちらかは知らないが、随分と体力のあるものだな。
俺なら、付き合い切れない。
ならば、兄上に譲って正解か」
割と濃密な夜を過ごす代わりに、頻度の低いデッドリッグ。とは言え、6日に1回だ。
バルテマーは、こんな夜を繰り返すのだろうか?だとしたら、絶倫と言える。
相手を導く手順は、何パターンか覚えていてもおかしくはない。
まぁ、そんな事情に雑念が回る頃には、デッドリッグも眠りに就いていた。
そして早朝。
デッドリッグの朝は早い。明るくなる頃には、剣の素振りを始めとした、訓練に取り組む。
だが。その時刻になっても未だ、天井はギシギシと軋んでいた。
「兄上、大丈夫か……?」
若干心配になるデッドリッグだったが、訓練を終えて部屋に戻ると、天井の軋みは終わっていた。
それからデッドリッグはシャワーを浴びて、朝食に向かうのだが。
一人で朝食を食べていると、バルテマーが正面の席にドカッと座った。
「──デッドリッグ、相談がある」
「何でしょう、兄上?」
「ダグナを──引き受けて貰えないだろうか?」
「──何故に?」
「イデリーナな……絶倫だったんだ……」
「……」
それは、何とも返し難い発言だった。
「何度繰り返しても、『物足りない』と……。俺の覚えている全ての術を尽くして、──俺は白旗を揚げた」
「兄上……では、昨晩は眠れていないのでは?」
「十分な睡眠は取れなかった。朝方になって、『眠いから帰る』と言って解放されたのだが、その後、泥の様に眠り──
先ほど、お付きの者が『幾ら何でも遅い』と、部屋に入り込まれて起こされた」
「うわぁ~、ご愁傷様です」
デッドリッグはそれしか言葉が見つからず、そう返した。
「デッドリッグ。俺はな、冗談で話している訳では無いんだぞ?」
「ならば、ペースを定めては如何です?
俺は今は『6日に1回』ですが」
「イデリーナだけなら、それで誤魔化せよう。
だが、ダグナ迄は無理だ!」
「交互にでよろしいでしょう。
一人につき12日で1回になるでしょうが、何なら、その若い肉体なら、3日に1回でも耐え得るのでは?」
「ああ。ああ、そうだな、デッドリッグ。
だが、その1回が、1回で済むとは思えんのだ。
──聖女に手を出したから、罰が当たったのかも知れない……」
その日はヒロイン達も空気で察して、二人には近寄らなかった。
バルテマーが真剣にデッドリッグ相手に相談していると、兄弟仲の良い間柄を見せられて、二人の評判は少しだけ上がったのかも知れないが。
それは皆は話題まで気にするのは、皇族相手に失礼だろうと、誰も気にしないようにしていたからであって。
話題が知られて居れば、二人への評価は急降下だったに違いあるまい。