第54話 夢に見たお菓子
昼姫の両親は、卯月さんの収入と貯金のおおよその金額を訊いて、二人の結婚に賛成してくれた。
そして、翌日。道場はお休みして、卯月さんが迎えに来て、昼姫を卯月の両親に紹介する、と云うのが今日の課題なのだが。
「うー、胃が痛い……」
「そんなにストレスですか、昼姫さん」
車を運転しながら、卯月はそう切り返す。
「着きましたよ、昼姫さん」
やがて辿り着いたのは、昼姫の家から歩いても30分程度の位置にある──ちょっとした豪邸だった。
「──ココが、卯月さんのお家ですか?」
「うん。……どうかしました?」
「いえ……こんな豪邸とは思わなくて……」
「豪邸、って……そんな大袈裟な……」
そう言ってから、卯月は思い出したみたい。昼姫のこじんまりとした家を。
「兎も角、入ってよ。──あ!僕がエスコートした方がいいよね?」
卯月さんは昼姫の手を引き、家の中へと案内してくれた。そして──
「居間で父さんと母さんが待っている筈だから、案内して紹介するね?」
そう云って、真っ直ぐ居間へと案内してくれる。
「父さん、母さん。彼女が天倉 昼姫さん。
結婚する事を決意したから、紹介しに来た」
「初めまして、天倉 昼姫と申します!」
昼姫は強い気を込めて挨拶をした。
「あら。随分と美人さんなのね」
とは、藤沢母の言葉。
「障がい者とは訊いていたが、全然そうは見えんな」
藤沢父はそう告げる。
「一応、結婚に賛成してくれるかを確かめるのに紹介したけれど、もう自分の意思だけで結婚出来る年齢だから、反対されたら僕は家を出て行く」
「反対などせんよ。
障がい者に偏見を持つなど、罰当たりな事はせん」
どうやら、卯月さんの両親は良心的な人たちみたい。
「あら。お茶も出してなかったわね。すぐに出すから、ちょっと待って頂戴」
「お気遣いなく」
藤沢母の言葉に、礼儀としてそう告げる昼姫。だが、こう云うのは社交辞令としてお茶を出してくれる程度の常識は、藤沢母は心得ているようね。
「母さん、琥珀糖を出して差し上げなさい」
「あら、いいの?あなたのお気に入りなのに」
「お気に入りだからこそ、多くの人に食べてみて欲しいと云うものだよ」
藤沢父の言い出した、琥珀糖と云うものに、昼姫は興味を引かれる。
「先にお茶をどうぞ。……紅茶だけれど、お好みに合えば良いのだけれども」
「紅茶、大好きです!頂きます。……美味しい」
微笑んで言った昼姫に、藤沢母は「それは良かったわ」と返す。
「何だ、母さんも自分の好みのものを差し出しているではないか」
ポンポンッと、卯月さんが昼姫の肩を軽く叩いて耳打ちする。
「(この紅茶、ちょっと良いものなんだ)」
「(えっ?!お高い物?)」
「(ちょっとだけね)」
そうして、藤沢母は琥珀糖を皿に乗せて出して、席に着く。
「琥珀糖、初めて食べます。頂きます」
昼姫は四角い半透明のカラフルな菓子を一つ手に取り、口に含む。
食感は、堅いように思われたが、軽く歯で砕けてほどけるようだ。
「──あ!」
昼姫は、それを食べて一つの確信を得た。
「私、夢でこのお菓子、2年か3年も前から、求めていた気がします!
どちらでお買い求めになったものか、お伺いしてもよろしいでしょうか?」
すると、藤沢母がサクッと小さな和菓子店を一箇所、教えてくれた。
「ありがとうございます!
夢って、本当に叶うんだ……」
そこまで言う程、大したことでは無かったけれど、『夢にまで見たお菓子』を食べて、満足気みたいだった。