第34話 夕姫
「老師」
その日、昼姫は一人の女性を伴って、道場を訪れた。
「従妹の、天倉 夕姫です。老師に紹介して、道場に入門したいと言っていたので、無断でですが連れ込んでしまいました」
「ご紹介に与った、天倉 夕姫、18歳です!
前から、『eスポーツ』に興味があって、昼姫姉ちゃんの噂を聞いて、紹介して頂きました。
弟子にして下さい!お願いします!」
それに対する老師・岡本の返答は。
「いいぞ。但し、男女間のトラブルになるような事態は避けるようにな」
いつぞやに訊いた、老師・岡本の道場の開催理由、「可愛い女の子に指導しながら、『eスポーツ』を楽しみたい!」と云う言い分から考えれば、断られる事など無いのも当然であった。
『Kichiku』、『Victory』なぞ、世界ランキングで上位だから、手の回らない女の子に指導する役目を分け与える為だけに入門を許されたに過ぎない。
その成果の結晶が、『プリさん』こと、『Primula』、桜 弥生なのである。
但し、タッグマッチと云う特殊環境に於いては、『Kichiku』こと菊池 英世と『Venues』こと松岡 美鶴に及ぶ組み合わせは今まで無かった。
だが、今は卯月の存在で、『プリさん』が卯月とのコンビで『Kichiku』と『Venues』のコンビに勝てる!と自信を見せていたが、肝心の卯月が、昼姫以外と組みたがらなかった。
そう、タッグマッチ環境では、『Kichiku』と『Venues』とのコンビが世界ランキングNo.1なのだ。
そして、『5人チームマッチ』では個人の世界ランキング上位5名が揃った今、負ける可能性はほぼ無いし、『7人チームマッチ』でも、卯月と昼姫の存在によって、今はまず負けない。
その結果、基礎化粧品会社の広告塔たる昼姫は、画面の片隅に映る小さな顔だけで、世の男性を魅了し、その化粧の効果に昼姫と同じ基礎化粧品を求める女性プレイヤーや、観戦専門者に対して、広告効果抜群であった。
更に言えば、夕姫は昼姫似の美人だが、コレを言うと女性に対して失礼なのだが、『鬼も十八番茶も出花』と言われる、女性が最も美しい年齢とされる十八歳だった。
だが、だがである。昼姫の彼氏候補の筆頭、卯月に言わせれば、「一応成年なんだけど、やや幼いね」となる。
恋のフィルター、恐るべし!である。
「で、世界ランキングは?」
「999位です!ギリギリ3桁です!」
「「ほほぉう……」」
舌なめずりでもしそうな『Kichiku』と『Victory』に、昼姫はこう宣言した。
「夕姫に手を出したら、『ロリコン』呼ばわりしますので!」
「「なっ……!!」」
「プッ!」
思わず吹いた、『プリさん』である。
「あなた達、綺麗な女性と見たら、見境なしね」
「ダメな女性は避けている!」
「その場その場で『No.1』の女性を見繕って、『彼女以外、眼中に無い』宣言を繰り返したら、バレたらどうなるか判っている?」
「うわー……」
昼姫も、そんな『Kichiku』と『Victory』にうんざりしたみたいだ。
「ね?この男たちは、そんなロクでもない男たちなのよ。
『Morning』さんが羨ましいわ~。『Fujiko』さん、まさか男性とは。今更ながら」
「差別なく女性に接するのならば、まだマシですよね」
『プリさん』と『Venues』はそう『Kichiku』と『Victory』を酷評する。
昼姫も、内心で『判る判る』とか考えているみたい。
夕姫は……「私が美しいのが悪いのね」なんて、悪女っぽい発言をコッソリと吐いていた。
「そう云えば、夕姫さんや、確か、『アマクラ』と名乗っておったが、昼姫さんは『アメクラ』と名乗っておらんかったか?
別の家系の苗字の、偶然の一致かの?」
老師、鋭い!
「それは、私の祖父が『マ』の音を嫌って『アメクラ』を名乗り、夕姫の父親が『アメ』の音を嫌って『アマクラ』に戻した経緯があります。
どうやら、私たちの家系、苗字の音に敏感な男児が多く、下らない理由で音を嫌って読み仮名を変更して役所で手続きしてまで、その名を名乗っている経緯があります。
よく、『雨女』なの?と私は訊かれますが、私はむしろ『晴れ女』です。
逆に、夕姫は『マ族?』と訊かれるそうですが、『マ』の付く名前の人間が全て『マ族』なら、この世は『マ族』が溢れ返っていますから、そんな訳はありません」
「でも、私はそれが理由でイジメられたから、私は『マ』の音が嫌いです!
だけど、お年頃になってこんなに美人になったから、誰がアイツラに付き合ってやるか!です!
私は、もっと優しい人を追い求めます!」
「私も、雨が降ったら私のせいにされてイジメられてましたね。
懐かしい思い出です……」
昼姫が遠い目をした。
その後、夕姫と全員とで自己紹介をしてから、誰が指導する?と云う話になって、夕姫は真っ先に「『Fujiko』さんが良いです!」と言い放ち。
卯月がそれを断ると、『Venues』さんが「世界ランキング999位ぐらいなら、私が指導するのが筋でしょう」と立候補して、彼女に指導役が決まった。
『Kichiku』と『Victory』、涙目である。
尚、選択されなかった老師・岡本が拗ねたとか拗ねなかったとか、そんな噂が流れたとか。
弟子たちとしては、師匠としてもっと堂々としていて欲しいものだとの要望が出された。
その後、1ヵ月も経たない内に、ランキング2桁まで伸びると、「『Morning』さんに似て、才能は溢れているわね」と、『Venues』さんから夕姫こと『Twilight』は評された。
夕姫も、その後、何故、その道場の全員からトレードで優遇されるのか、非常に気掛かりとなっていたことは、昼姫が後に夕姫から聞き出した話であった。