基礎知識

第63話 基礎知識

 皇国へ『飛車』が納品されて、最初の役目は、皇帝陛下と皇后陛下をケン公爵家に乗せていく事だった。

 皇国へ納車されて『飛車研究機関』には、『学生にすら勝てぬと申すか!』と、皇帝陛下からのお叱りの言葉を賜った。

 ソレはコアの作成が難航しているからであり、『飛車研究機関』からは三名、デッドリッグにコアの作り方のご教授をお願いする事までやりだした。

 勿論、対価を支払っての依頼をしたし、公爵と云う立場に居る事には、最大限の配慮をするべくして依頼したのだ。

 そしたら、最初にまず、分子と云う概念の説明から始まった。

「お待ちくださいませ、我々はそんな理を習いに来たのではありませぬ!」

「理解するのに最低限必要な知識の説明をしているのに、興味も無しか!」

 デッドリッグ、微オコである。

「それで?分子?とやらが何の役に立って、ミスリル銀を創り出せるので?」

 あからさまにご機嫌を窺っての質問であり、デッドリッグは息を吐くのだが。

「水の分子は、酸素の原子1つと水素の原子2つによって出来上がっていて、ソレを正八面体型に配置する事でミスリル銀は出来上がるのだが、この際──」

「お待ち下さい。『原子』とは?」

「ソコから説明せねば判らぬと申すか!」

「申し訳ございませぬ。正直に言って、判りませぬ」

「判った。物理学の基礎知識から叩き込んでやるから、覚悟せよ!」

 とは言え、物理の教員資格でも持っている訳でも無い前世の記憶を、説明するのは中々に骨が折れた。

 その講義は一週間にも及んだ。

 そして、結果、投げつけられた質問が──

「成る程。閣下は何故、そのような知識をご存知で?」

 ──となる訳で、デッドリッグも困るのである。

 まぁ、誤魔化すしかない。かなり強引に。

 誤魔化し方も、「通りすがりの賢者に教わった」とか、かなり怪し気な情報源となってしまう。情報の信頼性が揺らぐ程の誤魔化し方だ。

「何故、そんな情報を信じてしまわれたので?」

 そう問われれば、こう答えるしかない。

「結果として、水の『アルフェリオン結晶』たるミスリル銀が出来上がってしまったから、ソレを創る上で、その知識は正しいと認めざるを得ない」

 嘘臭いと思われた気配は濃厚だ。だが、その知識を持って水の『アルフェリオン結晶』を創らなければ、ミスリル銀は出来上がらない。

「試してみよ」

 デッドリッグとしても、そう言わざるを得ない。

 言われた飛車研究機関員の者は、疑わし気な目で水に手を差し入れるが。

「おお!本当に出来た!」

 歪ながらも、ミスリル銀を作る事に成功する。

「不合格だがな」

 対してデッドリッグは非情な事を言う。

「真球でなければ、コアには使えない」

 不合格の理由も告げる。だが、この段階までは成功したのだ、後は任せるだけである。

 合格のコアを作るには、標本数を増やすしかない。

 『龍血魔法文字命令』に関しては、ある意味、デッドリッグと同等の理解力を持っている筈だ。

 後は、真球のミスリル銀を創る事さえ出来れば、飛車も創れる筈なのである。

 だが、『飛車』の開発にばかり、デッドリッグは注力する訳にもいかない。

 デッドリッグには『ケン公爵領』を発展させる必要があった。

 その為ならば、養蜂も行ない、蜂蜜を得て、蜂蜜酒ミードを造る覚悟もあった。実際、実行してみたりもした。

 だが、寒冷地故、冬を越せない。よって、ミスリル銀ハウスにて養蜂は行った。

 生産量は微々たるものだ。とても、産業として育成出来るレベルでは無い。

 だが、砂糖とメープルシロップが得られるのだ。甘味として、十分と言えるものは得られている。

 まぁ、尤も、砂糖は兎も角、メープルシロップは然程の量を得られないのだが。

 何をどうしようとも、町の発展には時間が掛かる。10年単位は少なくとも見積もらなければならないだろう。

 そうなると、町が発展する頃には、デッドリッグの子供が学園に通い始める。

 現時点で、蒸気機関の試作品は出来上がっている。

 産業革命まで、もう間近だ。

 活版印刷も、試作品は出来上がっている。

 ただ、羅針盤は問題ないだろうが、問題は火薬だ。

 デッドリッグも、最も簡単な火薬の材料位は知っている。

 ただ、火薬は核兵器に準じ、最悪の発明の一つだと云う認識があった。

 なので、ローズ達から「何を悩んで仰るので?」と言われるが、返答は曖昧なものであった。

 だが、意を決して、6人の妻たちの意見を聞くことにした。

 一同が集まったその中で。

「実は、火薬を発明しようかどうか、迷っている」

 そう宣言した。

 6人も、「何だ、その事で最近、悩んでいたのか」と納得される。

 肝心の意見だが。

「絶対の信頼がおける方に、人里離れた場所で、細心の注意を払って扱うよう、依頼するのでしたら、問題ないのではありませんか?」

「そんな人物は居らんな。万一の事を考えると、失っても構わないと思える者でなければならないからな」

 そう言ってから、一つの選択肢に気付く。

「……奴隷に任せる、と云う手があるか」

「奴隷に絶対の信頼など、おけますか?」

「絶対ではないな」

 そう言うと、「止めた方がいいような……」と云う空気が漂った。

 その空気を読んで、デッドリッグは「よしっ!」と覚悟を決めた。

「火薬は、発明されるまで秘匿する!」

 当然であろうが、理性的な判断であった。

 だが、情報源はバルテマー側にもあった。

 ソコにまで干渉する必要はあるまい、との判断だった。

 その判断が吉と出るかそうでは無いかは、今は未だ判らない。