土鉄の里

第23話 土鉄の里

 『土鉄の里』
 
 そこは、鍛冶を始めとした、技術者・技師の里だった。
 
 ムーンが空からその里に降り立つと、周囲の土鉄からギロッという視線を集めた。
 
「すまない、誰か、腕の立つ技師を雇いたい。土産として、『土鉄の黒酒』を持って来た。

 誰か、名乗り出て貰えないだろうか?」
 
 酒。その情報は、あっという間に里全体に広まり、何人かの技師が『土鉄の黒酒』に興味を持っていた。
 
 ムーンは、彼等の中から候補者を目で見て探っていった。
 
 探るような眼差しに、一人二人と立ち去って行く。
 
「……本当に、『土鉄の黒酒』を手に入れたのかよ?」

「申し訳ないが、雇うつもりになる奴にしか、見せる事もしない」

「フンッ!俺には酒を見せる価値も見い出せないと言うかよ!

 ――年齢か?ジイサンに任せたくはねぇってことか?」
 
「ああ。多少腕が未熟でも、若い奴が望ましい。

 どちらにしろ、扱うのは未知の技術だ。今現在、特定の技術に優れている程度の奴は、候補にも挙げられない」
 
「ああ、そうかよ。

 おい!誰かオヤッさんを呼んで来い!オヤッさんの人選なら、コイツも文句を言うまい」
 
「やかましいわ。もう来ちょるわ。

 小僧と呼べば良いか?それとも坊主の方が良いか?
 
 若くて有望な奴を紹介してやるから、一杯呑ませろ」
 
 髭と髪で顔が見えない。そんな男が、『オヤッさん』と呼ばれていた。十中八九、間違い無いだろうが、ムーンはカメットに『オヤッさん』の外見的特徴を聞いておくのだったと後悔した。
 
「構わないが、何処か座れてテーブルのある所が良かろう?

 案内を頼めないか?」
 
「なら、儂の家まで来い」

 オヤッさんは、ムーンを先導して自宅へと向かった。物珍し気に見て来る者もいるが、ほぼ三々五々に戻って行った。
 
 やがて、古びてはいるが、造りのしっかりした家へと案内される。
 
「ちょいとそこに座って待ってろぃ。

 ――あったあった、コイツに注いどくれ」
 
 そう云ってオヤッさんが持って来たのは、小さなお猪口だった。
 
「――こんな少量で良いのか?」

「チビチビ飲むのが良いんじゃろが!
 
 ……ったく、酒の飲み方の分からん奴は――」
 
 ムーンは、ここでようやく『土鉄の黒酒』を取り出し、お猪口にそっと注いだ。
 
「おう、ホントに『土鉄の黒酒』か!

 どれどれ……ウム、美味いな、やはり」
 
「それで、紹介してくれるという奴は――」

「そんなに焦るなぃ。……キチンと考えとるわ。

 そうさな。サトゥル。ちょっと来い」
 
 そう呼ばれて出て来たのは、未だ年若いと思われる土鉄族だった。
 
「サトゥル。外で未知の技術に触れる気持ちはあるか?」

「別に構わないけど……祖父ちゃん、俺に外に出て行けって言うのかい?」

「里に籠っているだけが人生という訳もあるまい。

 お前が嫌じゃなかったら、お前をコイツに紹介する。――どうだ?」
 
「『土鉄の黒酒』、一口飲ませてよ。そしたら前向きに考える」

 オヤッさんが目には見えない視線でムーンを睨む。
 
「――構わんじゃろうな?」

「ああ。このお猪口で良いのか?」

「良いじゃろう、サトゥル」

「うん、それで良い」

 お猪口にもう一杯酒を注ぐと、サトゥルは早速お猪口を手に取る。
 
「うわっ、カラッ!旨ッ!

 うん。満足した!俺、外に出てっても良いよ!」
 
「ウム、そうか。

 ――で。えーと……」
 
「ノトスだ」

「――ノトス殿。……ノトス?!それは失礼した。

 儂の孫で、未だ見習いじゃが、未知の技術に触れるなら、この位で良かろう?」
 
「腕の方は?」

「年相応か、贔屓目に見ると少し優れているような気がするんじゃがのぅ。

 鍛えれば、それなりにモノになる才は秘めておる。これは儂の確信じゃ。
 
 あとは、ソチラさんの指導次第、と云ったところかのぅ。
 
 ……ところで、報酬の『土鉄の黒酒』は、どっちに渡るのかのぅ」
 
 ムーンは、テーブルに酒瓶を置いた。
 
「コチラに置いて行こう。

 サトゥル君、もう一本の『土鉄の黒酒』を求めるなら、急がなければ間に合わないのだが」
 
「一通り世話を見てくれるなら、今すぐにでも行くよ!」

「これ、待て、サトゥル。親に位、挨拶はして行け。

 少々待たれよ、ノトス殿」
 
 サトゥルは早速、両親に挨拶に行き。
 
 それが済むと、すぐさまムーン=ノトスと共に空を飛んで里を去るのであった。
 
 そして、『土鉄の酒屋』前。
 
「前払いの報酬だ。この金額があれば、『土鉄の黒酒』をこの店で買える。

 欲しかったら、とりあえず買っておくと良い」
 
「良いの?じゃあ、ありがたく買って来る!」

 『お一人様一本限り』。つまり、ムーン=ノトスはもう買えない。
 
 だが、サトゥルなら買える。少しズルい方法だが、『土鉄の黒酒』は無事に買い占められたのだった。