第54話 器の限界
税制の改革について、ケン公爵領では、『重要』と書かれた貼り紙や回覧板を回すなど行い、口伝でも人伝に領民全てが知る事となった。
そして、非課税所帯も一部発生する為に、一部の高取得者による抗議の声が届いた。
だが、税務官が説明し、それでも納得いかない者には、デッドリッグ自らが対応した。
「失礼ながら、貴公の挙げる利益は大きく、十分に豊かに生活出来る程度の課税を命ずる訳だが?
旧い税制では、貧困層がその日食う物にも困っていると云う事態を危惧し、極端な場合、非課税と云う慈悲を掛けたのだが、それに協力出来ないと云うかね?
従えない場合、別にこの領を去って頂いても構わないが?」
こう強くデッドリッグは自らの主張を述べ、相手は反論に困る訳だが、デッドリッグはケン公爵として、こう強く述べる。
「因みに、我々行政側の立場の者も、この税制に従って納税する訳だが?
不公平な税制になっていないか、コチラ側の収入と課税についても、どうしてもと強く言うのなら、公開しても構わないが?
因みに、貴公の収入と、それに課せられる税率であるが……、フム」
デッドリッグには、相手の収入とこれまでの課税のデータが揃っているのである。
「貴公、直近で大きな買い物をした事は無いか?
特に、仕事に関わる事で。
その場合、『経費』として申請する事で、金額によっては貴公に課せられる税率が下のグレーゾーンまで下がる可能性がある。
グレーゾーン上層ではあるが、大きな買い物に掛かる税金の支払いと云う納税の実績があるのならば、グレーゾーンの一つ下の税率の適用とする事も検討する。
──但し、虚偽の申請をした場合、追徴税は覚悟しておけよ?」
聞き出すと、その者は最近の大規模トレードに関わる倉庫を建て増したらしかった。
その金額は、大金なれど、建て増しの費用としては真っ当なものであり、経費として落として問題の無い条件だった。
「フム……。これでも納得出来ない場合、領外に立ち退いて貰うしか無いが、納得して頂けただろうか?」
返事は、「滅相も無い」と云うもので、例年よりは少し多い税の支払いにはなるが、納得して手続きの手立て等を税務官長と相談と相成った。
「ついでに貴公に1つ、願いたい事がある。
今回の件、富裕層を中心に、広く広めて頂きたい。
富裕層への負担を強いる事にはなるが、これもこの領全体の『豊かさ』を高める為の施策である事を、多くの民に知って欲しい。
領内の『豊かさ』が高まれば、商売も繁盛するだろう。
そして、その結果、収入も多くなる代わりに、納税額も多くなるだろう。
納税額が多くなれば、領内の『豊かさ』を高める政策の実行資金となる。
つまり、巡り巡って領内の民全てが豊かになる。
この事に、虚偽の申告等の違反をした場合には、追徴税他の罰則も課する事を承知して頂くよう、そこまでセットにして広めて頂きたい。
よろしいか?」
その者は、ペコリペコリと頭を下げて、納得して帰って行った。その様子には、少し脅えているような様子も見られた。
「税務官長。以後、このような者への対処としては、同様に行うように。
因みに、賄賂を受け取ったりした場合には、罰金他に罰則も適用するので、覚悟するように」
「ハッ!
……しかし、全ての売買に対して『三公七民』の税を課している以上、あの者の不満も、納得できるものではありますが」
その言葉を聞いて、デッドリッグは少し考え込んで、その意味を理解した。
「ハァッ!?
この領では、30%もの消費税を課しているのか?!」
税務官長は、少し言葉を嚙み砕いて理解してから、「その通りで御座います」と返答した。
「道理で貧困層がソコから抜け出せない訳だ。
消費税を一度下げると、上げる事が難しくなるから、下手に消費税を下げる訳にもいかない……。
──やはり、ベーシックインカムのシステムを適用するべきか!」
「その……ベーシックインカムと云うものは、一体……?」
税務官長も理解に苦しみ、問い掛けた。
「ウム。領民全員に、一律で一定額の金銭の支払いを、継続して行うと云う施策だ。
但し!……仕事をしなくなっては困るからな。それ単独ではとても食っては行けなくて、それでも生活がほんの少し裕福になる程度の金額に留める。
これならば、貧困層は助かって、富裕層は金額の少なさから、手続きをする手間を惜しんで、受給しないかも知れない。
──『三公七民』税そのものの改革も必要かも知れないが、当面はソレで乗り切ろう!」
「良き考えかと思います」
念の為、近くに控えていたローズがそう言った。
「それにしても、そこまで徹底して『三公七民』税を掛けられて、逃げ出さぬ民は、大事にしたいものだな。
税務官長!ベーシックインカムの件、特に貧困層には一件一件見逃しの無い様に、告知するように!
尚、ベーシックインカムの支払いは、一人につき幾らと、後で協議して決める事とする。
なるべく早く施行したい。早めに会議の時間を設けておいて欲しい」
「ハッ!承知致しました!」
それにしても……と、デッドリッグは思う。
「よくこれで、暴動も起きずに、元町長はこの町を治められていたものだな。
感心するのと同時に、呆れるよ」
「しかし、ベーシックインカムとは、思い切りましたね。
これで評判が高まれば、町の規模も拡大出来るかも知れませんけれども」
デッドリッグはそう言うローズに笑顔を向けて、自嘲気味にこう言った。
「俺には、この程度の領土の長が、器として限界だよ」
──と。