収穫祭

第56話 収穫祭

 ケン公爵領に於ける、初年度の収穫祭は、慎ましいものであった。

 だが、翌年、税制改革により、領全体が豊かになった。

「いかんな。儲け過ぎだ」

 ケン公爵ことデッドリッグは、予想以上に領土経営が忙しい事に、目を回していて、『公開処刑』の件が頭から抜け落ちていた。

 そして、カーリンが皇帝陛下に奏上した、デッドリッグの『公開処刑』の件を、バルテマーは一笑に付し、『必要無いでしょう』と、デッドリッグの『公開処刑』イベントのフラグを折った。

 結果、カーリンは再度、皇帝陛下から拳骨を頭に落とされただけに留まらず、バルテマーがこの選択肢を選んだ際に生じる、デッドリッグの選択肢、『あんな奴でも、俺らの弟なんだよ』と、カーリンの『公開処刑』の可能性からの回避を、デッドリッグが選んだことを悟ったバルテマーが、『コレが弟の為』と心を鬼にして、カーリンに拳骨を頭上から下した。

 一人、前世の記憶の無いカーリンは、『不条理だ!』と嘆くも、バルテマーがデッドリッグを救った様に、デッドリッグもカーリンを救った事実は、どうすれば伝わるだろうか。

 ──と、カーリンが『ハッ!』と気付いた。

 まさか、カーリンが『公開処刑』に処せられる可能性もあったのではないか、と。そして、その選択肢をデッドリッグの手で回避されたから、それを悟ったバルテマーから鉄拳制裁を受けたのではないかと。

 別にテレパシーを信じている訳では無いが、バルテマーにはデッドリッグが選んだ選択肢を知る情報網を持っているのではないか、と。

「うう……兄貴、ゴメン……」

 それなのにデッドリッグの『公開処刑』の奏上をした愚かさを、カーリンはバルテマーの行動を以て知る。

 ──と云うちょっとしたドラマが裏舞台で起きていたのだが、デッドリッグは、今年度の収穫祭を大規模化すべく、奔走していた。

 それこそ、アニメ映画の上映会もするし、その劇場の入場料は銅貨1枚と非常に安価にし、ローズ達も『たこ焼き屋』をするんだと意気込んで、デッドリッグの指示で、損失の出ない、利益度外視のサービス料金での提供を指示されていた。

 文官7名がそれらの運営を円滑にすべく動き、武官13名が当日の見回り警護を予定していた。勿論、劇場に1人、たこ焼き屋に1人は、警備兵として交代制ながらも常駐し、本来、交代制で休みを貰っている彼ら全員が、収穫祭では活躍の予定であった。

 大道芸人を雇う等、放っておいても起きるイベントの開催を募集していたし、ケン公爵領では、余剰予算の半分を投入するといった、思い切ったイベントにする予定であった。

 そして、その際に余計な邪魔が入らぬように、デッドリッグはローズ達を連れて、神社にお参りにまで行くほどであった。

「(龍神様、女神様。どうか、収穫祭が大盛況で開催されるべく、お祈り申し上げます)」

 唯一新教では『邪悪なる存在』とされる一方で、多神教に於いては、本来、龍神様は縁起の最強格の一翼を担う神様だった。

 そして、龍神様は女神様と結ばれるべく願っていたが、遂に結ばれる事無く、その魂だけが信仰の対象として、並びうやうやしくあがたてまつられるのであった。

 唯一神教と多神教との違いは、世の中に起こるありとあらゆる現象を、ひと柱の神様によるものとするか、多面的に見て、それぞれの一面に対応する神々を創造したのかの違いである。

 そして、多神教の国・日本へ唯一神教が伝わった際に、龍神は『サタン』と云う最凶の存在と化し、『五黄の寅』が十二支の神々の最強の座に収まったのだった。

 兎も角、『ヘブンスガール・コレクション』の世界では多神教が信仰の対象であり、龍神様は割と直接的にこのゲーム世界に干渉する権限を握っている。

 又、『十二支』と云う思想はメジャーな考え方では無いが、卯も龍神様と並んで直接的な干渉をする事が可能で、一説によると、卯が獅子神様と協力して龍神様の命を奪ったともある。

 故にこの世界は、イマイチ卯辰が上がらないのだ。そして、卯が支配権を握って龍女神様の誕生を邪魔したと云う説もあり、結果、卯と龍女神様が融合して誕生し、龍神の一角と化した。

 卯辰が上がらないのは、考え無しと云うのとはちょっと違うが、物事を深く考える事を始めるのが遅かったせいもあり、自業自得ではある。

 だが、幼い頃から姿を見られれば、『ハゲ』と揶揄われていたせいもあり、イチイチ相手にし過ぎたと云うのも自業自得ながら、『ハゲ』と揶揄っていた連中は多少の責任を負って、ハゲていただきたいものである。

 少なくとも、この『ヘブンスガール・コレクション』の世界で龍神様に『ハゲ』と言った者は、総じてハゲている。

 故に、ヒロイン達はデッドリッグとバルテマーに救われるのだ。

 因みに、ヒロイン達も全員、龍神信仰である。

 聖女イデリーナも、厳密に言えば『龍巫女』だし、魔法がこの世界で使えるのも、『龍神様』が『魔王』に堕とされたせいとも言われている。

 兎も角、デッドリッグが収穫祭での大盛況を祈ったのだ。龍神様としては、叶えてあげなければならない。

 だが、神様は、直接的に願いを叶える事を、半ばタブーとしており、願いが叶う切っ掛けを与えるのが正解とされている。

 であるが故に、龍神様はデッドリッグに、各地の皇族、貴族達に、収穫祭への招待状を送ると云う案を閃くに導いた。

 だが、デッドリッグは無差別に招待状を送るのではなく、厳選して招待状を送った。

 結果、バルテマーがイデリーナ達を連れてきたり、デッドリッグの同級生だった貴族の子弟達が収穫祭に訪れた。

 勿論、彼ら・彼女らは、映画祭やたこ焼きを楽しみにしていた。フライドポテトも売っていたし、ポテチを売っていた件については、「『許可を取る』とまで言わないまでも、報告が欲しかったな」と釘を刺された。

 だが、兎に角ローズ達、デッドリッグサイドのヒロイン達はこの収穫祭に張り切っており、フランクフルトとか、兎に角思い付いて実現出来そうな事は一通り試した。

 結果、収穫祭は大盛況。バルテマーを始めとした、貴族子弟達の泊まる宿は、基本貴族相手にのみ提供する宿をかなり早期に建て始めていたのが完成していたので、快適に泊まって頂けただろうとデッドリッグ達は信じた。

 ただ、日本のホテルのサービスを知っているバルテマー達にだけは若干不評で、「サービスに対して、10点の減点を申し付ける」とのメッセージをバルテマーから賜った。

 但し、バルテマー達は龍神信仰に対して懐疑的であったので、ソレが表面化したのかもなと、バルテマーも流石に悟っていた。高等教育を受けているのである、常識レベルの問題だ。

 収穫祭を終えると、穏やかな時間が過ぎて行った。それは、妊娠しているローズ達にとっては、大切な時間だった。

 そして訪れる、ベビーブーム。

 好景気が始まった頃と重なっていた事もあって、町では子を産む母親が続出し、産婆さんが大忙しであったが、ケン公爵家が最優先であった事は間違いない。

 そして、事態は産婆さんが他の領地からも集められる程になった。

 少なくとも、乳母には困りそうにない。

 もしかしたら、ケン公爵家は龍神信仰が理由で、繁栄が約束されているのに近いのかも知れなかった。