第37話 切り落とした腕
狼牙は、その戦いにおいて、大きなミスをしていた。
龍青が爪で攻撃してきた時に、肉を切らせて骨を断つという戦法で、龍青の攻撃をその身で受けておいて、頭でもナイフで刺しておけば良かったのだ。
そうすれば、勝っていた。
それを、お互いの手と手を以ってお互いを封じたから、いけなかったのだ。
龍青の能力としてあるであろう、ドラゴン・ブレスの可能性を考えなかったのが。
手を引き離したいが、龍青は物凄い力で狼牙の手を握り潰そうとしていた。
あとは、狼牙のバリアが龍青のブレスに耐え得る可能性に賭けるしかないが、銃弾を弾けなかったことから、その可能性は低い。
なので、分の悪い賭けとなる。
……まぁ、龍青がブレスを吐けない、という可能性もゼロではないのだが。
だが今、龍青の口は大きく開かれている。喉の奥で、炎がちろちろと燃えているのが見える以上、ゼロでは無くなった。
あとは、威力さえ狼牙のバリアで防げるものであるならば、吐き終わるまでの時間は、いくら掛かっても良い。
何故ならば、バリアのエネルギー源は、龍青からエナジードレインをすることによって、得られているから。
少なくとも龍青がブレスを吐くことが出来なくなるまでは、エネルギーを得られるのだから。
そして遂に――
ブレスが、吐かれた。
龍青の口から放たれ、広がる炎。だがそれは、狼牙の目の前に壁でもあるかのように、真っ直ぐ横に広がって行く。
フゥーッ……。
安心した狼牙。だがその直後、手の甲に痛みを感じる。――龍青の爪が突き刺さっていた。
どうやら、龍青の爪が熱せられ、傷口が焼かれているらしかった。
だが、耐え切れぬ程の痛みでも無い。そして少なくとも、詩織にこれ以上のダメージは与えられていないのだ。
狼牙は、自分が殺される可能性はほぼゼロだと確信したが、詩織が代わりに死んでしまっては、それは狼牙の敗北も同然だ。
一刻も早く、決着を着ける必要があった。
手を封じられているのならば、足!
狼牙は龍青の股間を蹴り上げた。
しかし、龍青は平然とした様子で、ブレスを吐き続ける。股間は急所では無いのだろうか?
次に、足を破壊すべく、正面から膝を思いっきり蹴った。それでも、龍青はビクともしない。
横からローキックを放っても同様。脇にミドルキックを放っても。頭を狙ってハイキックは……体勢の関係上、無理だと諦めた。
ならば。龍青からドレインしたエネルギーを使うのみ!
……と言っても、大したことは出来ない。組み合っている両手に、『痛み』を与える程度しか。
だが、その『大したことは出来ない』ことでも、莫大なエネルギーを消費すれば、物凄い事になる。
結論から言えば、狼牙が何を試したのかというと、普通の人間ならば余りの痛さにショック死するほどの痛みの数十倍の『痛み』を龍青の両手に与えたのだ。
すると、効果覿面、龍青はブレスを吐くのを止め、両手を離し、バックステップで数歩下がった。
「キ、キ、貴様!何ヲシタ!」
「先ほども、似たことをやっただろう。エネルギーを利用しただけだよ」
「ウワアアアアアアアアア!
クソォッ!コノ痛ミ、イッソノコト腕ヲ切リ落トシテクレタ方ガ、ドレダケましダッタカ……!」
つまり、その位痛かったのである。
「では、望み通りに」
狼牙は、両手で一つずつ、ナイフでも投げるような動作をした。直後、龍青の両腕が付け根から切り落とされて、地面に転がった。
だが、ここは狼牙の慢心であった。ココで、決着を着けておくべきだったのだ。
流れ落ちる血。噴き出す程では無い。
「……?
出血量が少ないような気がするが……」
「クックック。感謝スルヨ。コノ方ガ、ヨッポド楽ダ。
フンッ!フンッ!」
龍青が二度、気合を入れて声を発した。その一度目で不気味な音を立てながら右腕が、二度目で左腕が生えた。
「馬鹿なっ……」