第41話 再びのたこ焼き屋
体育祭と魔法祭が並行して行われる、学園祭。
今年も、ヒロイン達はたこ焼きを焼いて売る手配を進めていた。
現状、貴族の中でも選ばれた一部の者にしか、たこ焼きは食べられていない。
レシピは、大分出回った。
だが、特にタコの調達が大変だった。
今年は、ヒロイン達も手慣れたもので、クルックルッとたこ焼きを回して焼くのが、見た目にも面白いショーとして見学者が訪れる次第。
一方、模擬剣術大会でも魔法祭・威力部門でも、デッドリッグは順当に勝ち上がっていっていた。
勿論、バルテマーも順調だ。
ポテチ屋も、バルテマーは今年も行ない、売り子のヒロイン二人が人気を博していた。
まぁ、昨年と余り状況が変わらない。
ただ、ローズだけが不在だった。──のだが。
「あら。あなた達、随分と上達したものね」
ローズが、お付きの人だけ引き連れて客としてやって来た。
「ローズさん……大っ変だったんですよぉ?」
「まぁ、そうでしょうね。
実家に問い合わせがあったとは聞いているいるけれども」
「はい。タコの調達、ありがとうございました♪♪」
「そう。
一つ頂戴。飲み物も、ジンジャーエールで」
「かしこまりました!」
一応、代金は金貨一枚が支払われたが、出処を辿れば、ローズの実家のミュラー公爵家である。
ローズも、形だけでも取り繕う程度の気持ちで支払ったものである。
摩り下ろした生の生姜を冷やした炭酸水で割って、氷を入れただけのジンジャーエール。
価値が判る者は、銀貨3枚が高い料金とは思わない。
しかも、ヒロイン達の接客と云うサービス付きなのである。これはもう、間違いない。人気商品になって然るべき美味い商品であった。
加工も、ヒロイン達の手作りだ。コレに文句を付けると罰が当たると云うものだ。
「美味しいジンジャーエールね。たこ焼きも早めにお願い。
あなた達も、苦労したでしょう。
……あら。殿下。いらしたの?」
いらしたの?は酷くないかと思いながら、デッドリッグはこう言った。
「模擬剣術大会、無事に1位を兄上に譲って堂々の第2位!ヴイ!」
Vサインを出して、デッドリッグが勝ち誇った。恐らく、上手くバルテマーにお手柄を立てさせて、面目を保ったのだろう。
「見学させていただきましたわ。
でも、表彰式は?」
「1位を取ったのでも無ければ、表彰式に出る義務もあるまい」
どうやらコッソリ抜け出して来たようだ。
「まぁ、剣術の心得がそれなりに無ければ、確かに、殿下の狙いは見抜かれないでしょうね。
でも、狙って2位と云うのはいただけないわ」
「狙ったのは、実質上の1位さ。
形だけの2位でも、見る者が見れば判る形で1位を譲って来た。
流行れば良いのになぁ、皇国流剣術」
「門戸を開いていないのではなくて?
まぁ、見る者が見れば、真似事位は出来るでしょう」
初の1年生にして剣術大会1位を取ったローズが言うと、説得力のようなものがある。因みに、2年生の時にはバルテマーに負けている。
皇国流剣術の、知識だけはあったのだろう、ローズは型の特訓に挑んだ過去を思い返す。
真髄は、止まる事の無い連続攻撃にある。ソレだけで、大抵の相手は木刀を飛ばされて敗北を喫する。
まぁ、幼い頃から仕込まれていたバルテマーには、流石に及ばなかったのだが。
それでも、初の1年生での優勝と云う記録は、もう二度と書き換えられる事は無い。
入学前に挑めるのでも無ければ、書き換える事は不可能なのだが、出場条件にキッチリ、『学園生のみ』と云う決まりが定められている。
そのお陰で、ローズは『乙女の柔肌』と言えるだけの柔らかな手では無くなってしまったのだが、その、何度もマメを潰して鍛え上げて来た剣の腕は、勲章に近しい。
「来年は、1位取るけどな!
あ、俺もたこ焼きひと舟にジンジャーエール!」
はーいと、誰かが返事をした。間もなく、ローズの分も含めて運んで来られた。
「殿下。形だけでも、金貨一枚支払って下さいまし」
「おう、そうだな。……ほい」
冷遇されているとは言え、前世の知識の産物の恩恵を受けるデッドリッグには、金貨一枚を当たり前に支払えるだけの現金の備えはあった。
「『たこ焼き』って、出汁で食べるのも美味しいんだけどな。
頂きます」
「あら。それは興味深いですわね。今度、試してみましょう。
頂きます」
ローズにとって、デッドリッグと同時に食べられたのは、それだけでも幸せの断片となり得た。
そもそも、『デッドリッ屑』と云う呼び名は、ヒロイン達6人は知らないのだ。知らない方が幸せだった。
それをわざわざ言い出した2人のヒロイン達に対しては、思う所があったものの、『嫌いな男性キャラNo.1』と云うバルテマーに宛がわれた事に対して、『ざまぁ見ろ』と云った気分だった。
因みに、ヒロイン達が恐れている、バルテマー&デッドリッグの二人のどちらかの伴侶になれなかった場合の、引き取り手の貴族は、名前もゲーム中に出て来ない為、ランキング外だ。
恐らく、名前を与えられていたら、『嫌いな男性キャラNo.1』の座は、楽勝で持っていく事が予想されていた。
故にだろう、ヒロイン達は二人のどちらにも救済されなかった場合、『デッドリッグ殿下、助けて下さいまし~!!」と血涙を流しそうな勢いで叫ぶシーンがカットインされる。
だから、ヒロイン達6人にとって、デッドリッグの『公開処刑』の運命は、半可臭くても、平和的な手段を用いるか、それとも完全に回避してしまうと云う方針があった。
その為、バルテマーの庇護下に無い来年。デッドリッグの卒業迄の1年が、途轍もなく重要なのであった。
そして、『公開処刑』の実行役である、第三皇子『カーリン・ドライ=エンピリアル』の入学が、最大の難所なのであった。