作成経緯

第24話 作成経緯

 呼び掛けられた睦月は、瞬きを一つして、紗斗里の方を向いた。
 
「ええ、聞いていましたよ。

 紗斗里。私はあなたを信用することにしたのです。
 
 その期待を、裏切らないで頂戴ね」
 
 昨日は娘の運命に嘆き、平常心を失っていた睦月が、一晩で別人のように冷静沈着である。
 
 ――いや、別人のようだったのは、昨日の方だったのかも知れない。
 
 この冷静沈着な姿の方が、本来の睦月、彼女の有り様、彼女のペースなのだ。
 
 その睦月に、紗斗里は得意気に笑って言った。
 
「裏切りませんよ。何しろ、僕は世界一のコンピューターですから」

「どうかな?」

 疾風が、要らない口を叩いた。
 
「デュ・ラ・ハーンを作り上げたコンピューターの方が、世界一なんじゃないかな?」

「専門的には、そうでしょうね。しかし、総合的には負けませんよ」

「今、必要とされているのは、総合的な能力か?専門的な能力じゃないのか?」

「厳しい事を言ってくれますね」

 紗斗里が苦笑して言った。そう、苦笑ではあるが、紗斗里にはまだ笑ってのける余裕があるのだ。
 
「ですが、楓の発想したプログラムを以って、デュ・ラ・ハーンの存在位置が分かれば、その為の専門的な能力でも負けませんよ」

「それは、デュ・ラ・ハーンが単なるコンピューター・プログラムだったらの話だろう?

 俺が恐れている事態は、脳に刺激を与える方法が、単なるマシン語に翻訳可能なプログラムではなく、人間の脳に刺激を与える能力を持つ、プログラムではない何かであった場合だ。
 
 その場合――」
 
「それはありません」

 紗斗里が食い気味に言った。
 
「現に、デュ・ラ・ハーンは他のメモリーワイヤーに感染して広まる性質を持っているのですから。

 しかし、マシン語に翻訳出来ないプログラムが含まれている可能性は十分にあり得ますね。
 
 僕が読み取ったのは、氷山の一角かも」
 
「間違いなく、氷山の一角だろう」

 強く、「間違いなく」を強調して、疾風は言った。
 
「問題なのは、デュ・ラ・ハーンの生みの親が、既に死んでいることなんですよね。

 彼がもし、今も生きていれば、謎は全て解明出来るのですが」
 
「どうしてそんな事が分かる?」

「『どうして』?」

 紗斗里は眉を片方、吊り上げた。子供らしからぬ表情である。
 
「『どうして』というのは、デュ・ラ・ハーンの生みの親が既に亡くなっていることを僕が知っている事に対して言っているのですか?

 それとも、彼が生きていれば、謎は全て解明出来るということに対してですか?」
 
「要らぬ質問をする。

 後者は、当然の事だろう?俺が『どうして』と言ったのは、もちろん、前者に対して言っているんだよ」
 
「僕に言わせれば、前者の方が当然のことなんですよね。僕は今、インターネットと繋げられているのですから。

 情報の出所は、インターネットですよ。同じく、デュ・ラ・ハーンが生み出された背景には、セレスティアル・ヴィジタントというキラーの一つ――と言っても分からないと思いますが、デュ・ラ・ハーン使いの集団の事をキラーと言うのですが――彼らが関わっている事も調査済みです。
 
 デュ・ラ・ハーンの生みの親は、非常に優秀なプログラマーだったそうですが、セレスティアル・ヴィジタントにデュ・ラ・ハーンの作成を強要され、デュ・ラ・ハーンに1年の寿命という致命的な欠点を与えた為に、拷問を加えられ、その欠点の除去を断った結果、拷問によってプログラミング作業に耐えられるだけの精神力を失った為、殺害されたそうです。
 
 セレスティアル・ヴィジタントは、キラー結成後、アメリカにおいて幾つもの凶悪犯罪を働いたそうですが、その犯人は、いずれもデュ・ラ・ハーンによる寿命の為、亡くなっています。
 
 その時、セレスティアル・ヴィジタントの結成後に新たに加わったメンバーたちが、デュ・ラ・ハーンにより、本当に1年で死を迎える事を知り、一度感染した以上はそのデュ・ラ・ハーンの効果を消し去ることが出来ないことを知った為、そのプログラマーに拷問を加えたようですね。
 
 そのプログラマーにデュ・ラ・ハーンの欠点を取り除く作業を行わせていれば、1万人以上なんていう被害者は出ていなかったのでしょうが、今さら言ったって後の祭り。
 
 出来る事なら、彼の使っていたコンピューターを譲っていただきたいところですが、無理でしょうね。
 
 そのコンピューターに関してもっと詳しい情報があれば、楓の力を借りて探知し、強制的に奪う事も可能なのですが……。
 
 まあ、これだけの情報をよく検索出来たものだと褒めて欲しいぐらいに手に入れたのですから、これ以上は勘弁して下さい。
 
 一応、それらの情報の出所には、最新情報を入手する為に、常に監視の目を光らせていますから。
 
 ひょっとしたら手に入れられるかも知れませんけど、あんまり期待しないで待っていて下さい」
 
「そのコンピューターを入手すれば、何とかなるの?」

 疾風に代わり、睦月が訊ねた。紗斗里の話を聞いている最中には、表情には何も出さなかったものの、歯ぎしりをしていた睦月が。
 
「なるでしょうね。僕のオプションとして活用すれば。

 それが不可能なら、それに匹敵する性能の原理を解明して、僕に改造を加えればいいだけのことです。
 
 さて。今は待つ他、はっきり言って手詰まりなのですが、どうしますか?」
 
「このノートに書き込まれているプログラムはどうするつもりだ?」

「勿論、現在作成中ですよ。それの完成を待つ他、手詰まりなんですが、何かアイディアはありませんか?

 僕には、新しいアイディアを考える能力が未だ低くて、そればかりは悔しい事に、人間の手を借りる他、手は無いんですよ。
 
 楓も手詰まりで新しいアイディアは閃かないみたいですし、何か、ありませんか?」
 
 沈黙する一同。アイディアを思い浮かべるには、最悪の環境である。
 
 何か、会話を交わす内に飛び出してくるのが、アイディアというものなのだが……。
 
 仕方なしに、紗斗里は決断した。