作成原因

第16話 作成原因

「……分かりました。許可します」

「ありがとう。

 ……そうそう。一つ二つ、言っておかなければならないことがありますね」
 
「……何だ?」

 疾風が睦月に代わり、言った。それを言うべき睦月は、娘・楓が助からないであろうことに大きなショックを受け、頭を抱えてしゃがみ込んだまま、必死になって涙を堪えている。
 
「デュ・ラ・ハーンですが、実はメモリーワイヤーの持つ特性の盲点を突き、とんでもないデータの記録方法を用いていました。

 メモリーワイヤーは、実はデータを隠して記録することが可能であることを知っていますか?
 
 恐らく知らないでしょう。
 
 僕も、つい先程、デュ・ラ・ハーンの仮想人格を手に入れる事で、その事を確認したばかりですから」
 
「データを隠して記録する?

 どういう意味だ?」
 
「そのままの意味ですよ。

 そして、そのように記録されたデータは、メモリーワイヤーの本来記録されるべき部位に存在していながら、同じ手段を使うことによってしか上書きされることなく……。
 
 そうですね、表に書くべき情報を紙の裏に書き込まれたように……いえ、この表現も違いますね。
 
 文字で紙に書き込まれたデータの他に、文字を書き込むべき場所に、まるで色を塗られていて、全体として一つの大きな絵になるかのように、データを記録されているのです。
 
 カラーQRコードとでも例えれば分かりやすいですかね?
 
 自慢するようですが、僕だからこそ、そのデータを読み取れましたが、他の並のスーパーコンピューターでは、デュ・ラ・ハーンに一方的に感染されるだけで、データをディスプレーに表示する事すら不可能だったでしょう。
 
 デュ・ラ・ハーンに感染した事実だけあって、デュ・ラ・ハーンそのものが無い状態でこう行うのも、我ながら、よく出来たものだなと思いますよ。
 
 これをプログラミング出来たコンピューターともなれば……数は、限られていますね。
 
 これが、偶然の産物で無いならば。
 
 しかし、デュ・ラ・ハーンがこれだけ優秀なプログラムである以上、偶然の産物では恐らくないでしょう。
 
 少なからず、意図的に組み込まれたものでしょう。
 
 その為には、僕以上に優秀なコンピューター、もしくは、専門的なコンピューターが必要とされますが、恐らく後者でしょう。
 
 何故なら、僕の記憶にあるように、デュ・ラ・ハーンが10年以上も前のソフトであり、3年前から世界一の性能を誇っている、僕を超えるコンピューターが、その時代に存在している訳が無いからです。
 
 問題は、それをプログラミングした動機ですね。
 
 条件的に、国家規模のプロジェクトで、専用のコンピューターを用意したのでしょう。
 
 これほど優秀なプログラム、活用すればいくらだって金になる筈。
 
 問題は、1年の寿命を与えたという点ですね」
 
「それについては、幾つか説がある」

 疾風が、楓に宿った紗斗里に向かって話に割り込んだ。
 
「一つは、意識・無意識に関わらず、使い続けた超能力の負荷に対する、脳や身体の限界が1年であるという説。

 もう一つは、元は自殺用に作ったが、プラグシステムという媒体を使用する事によって、死に至らしめるのに必要な期間が1年間で、その副作用として超能力が使えるようになるという説。
 
 そして――」
 
「待って下さい。楓が、それは違うと言っています」

「……?」

 疾風は、紗斗里の発言を不思議に思った。
 
「何が違うんだ?」

「超能力は、副作用では無いとの事です。

 何故なら、デュ・ラ・ハーンの人格が、楓の使う超能力に対して意見を述べたからということです。
 
 つまり、デュ・ラ・ハーンは自分が感染者に対し、超能力を操る能力を与えていることを知っているということでしょう。
 
 具体的に言えば、デュ・ラ・ハーンが楓の使う超能力の名前を述べたという事です。
 
 これは、デュ・ラ・ハーンに自覚が無ければ出来ない事ですよね?」
 
「しかし、その証拠が無い」

「実例を挙げましょう。

 ……コレが、イージスです」
 
 紗斗里は、万物を退ける無敵の盾・イージスを展開した。
 
 が、超能力を知覚する能力の無い5人には、それが何なのか、全く分からなかった。
 
「何をしているんだ、紗斗里?」

「あ!そうか。常人には見えないのでしたね。

 疾風オジサン。僕の正面から、手で僕に触れて下さい」
 
「……?」

 言われるままに、疾風は手を紗斗里に向けて差し出した。そして、その手を徐々に紗斗里――正確には楓の身体へと近付けていった。
 
 すると突然!
 
 バヂィッッ!
 
「痛ェ!」

 疾風の手が、イージスに触れた途端、弾かれた。
 
「何だ?何もないように見えるのに、何かあるぞ」

「超能力知覚能力は、超能力者でなくとも必要のようですね。アンチサイと、どちらを先に研究したら良いのやら……。

 とにかく、これがイージスであることは、楓が事もあろうにデュ・ラ・ハーンから教えられたことなのですよ。
 
 なので、デュ・ラ・ハーンには明らかに自身の能力として超能力を与える能力を持っており、それが副作用であるという説は否定されます」
 
「そうか。なら、負担による限界が1年であるのか、それとも、もう一つの説なんだが、デュ・ラ・ハーンが飽くまでも自殺用である為、超能力による犯罪を出来るだけ防ぐ為であるという説も聞いた事がある。

 一般的に流布している説としては、そのどちらかだろうな」
 
 これにも、紗斗里は文句を付けた。
 
「単なる自殺用なら、超能力に目覚めさせる必要は無いのではありませんか?」

「だから、確定出来ないんじゃないか。

 で、最後に俺の持説。
 
 俺はそれが最有力だと思っているんだが、作った奴は狂っているという説も、無いでは無い。
 
 俺以外に気付いた奴がいないのか、それとも一つの説として挙げるまでもないと思われているのか、その辺は分からんがね」
 
 この説には、紗斗里も文句が無かった。
 
「確かに、それは在り得るね

 僕に言わせれば、デュ・ラ・ハーンが自殺用という説にも疑問があるのですが、それなら辻褄つじつまが合う。
 
 ひょっとしたら、自分が自殺する為のものだったのかも知れない」
 
「おっ、随分と賢くなったじゃないか、紗斗里。

 自ら新たなアイディアを捻り出す事が出来るようになったとはな」
 
 紗斗里は苦笑して言った。
 
「楓の身体や脳を借りていますからね。本体だけなら、出来ていたかどうか……。

 疾風。デュ・ラ・ハーンの製作者は、生きていると思いますか?」
 
「さあね」

 肩を竦め、疾風は答えた。
 
「俺がデュ・ラ・ハーンの製作者なら、超能力を使う能力だけ取り出して、自分で使うがな」

「やはり疾風もそう思いますか。

 問題は、やはり寿命を1年とする点にありますね。
 
 それが無ければ、ただの優秀なソフトとして、多数の問題を抱えつつも、それで終わると言うのに……。
 
 いや、今は答えの出ない議論をしている場合では無かった。
 
 答えが出るのならば、ワクチンを作る切っ掛けにもなり得るが、そうでないのならば、単なる時間の無駄遣いだ。
 
 小柴。インターネットと僕を繋ぐ準備は出来ましたか?」
 
「ええ。もう、いつでも」

 決して若いとは言い切れない、白衣を着た中年の女性が答えた。
 
「では、早速繋いで下さい」

 小柴は、紗斗里の本体に繋がる一本のコードを光電話回線に繋いだ。
 
 途端に紗斗里に流れ込む、莫大なデータ。コレで、紗斗里の知識は、まず右に出る者はいなくなった。
 
 だが、その莫大なデータを全て同時に処理する知恵が備わったという訳では無い。
 
 紗斗里は、まずデュ・ラ・ハーンに関するデータを検索にかけた。そして、ピックアップされたデータを確かめて行く。
 
「……ん?」