余裕?

第22話 余裕?

 午後の第一試合。
 
 俺たちの試合は回って来た。
 
 今回は一つの筐体を順に使って行くことになるので、チームメイトの試合も見る事が出来る。
 
 また、残りの四つの筐体に割り当たった他のチームに当たる可能性もあったのだが、今回はそれは起こらなかった。
 
 先鋒・ケントのヨシツネ。相手は――
 
「弓?弓を武器として使っているのか?!」

 珍しい武器を使う相手だった。だが、遠距離戦を得意とする相手は、ケントが最も得意とする相手だった。
 
『八艘跳び!』

 今は無き、ダッシュ必殺をヨシツネは最初から繰り出した。
 
 それだけでもう、接近戦を行う間合いまで詰め寄っていた。
 
 敵もその動きを止めようと弓を射ていたが、突進系の技と違い、ダッシュ必殺には無敵時間がある。
 
 矢はヨシツネを突き抜けて、虚空に消えた。
 
 あとはもう、一方的な展開だ。
 
 逃げ出そうとしても、ヨシツネはかなり速く、追い付いてすぐに切りつけられてしまう。
 
 かと言ってガードを固めれば、投げ技が彼女のライフを削った。
 
 あとはもう、ほとんど成す術が無く、あっさりとケントのヨシツネが勝利を収めた。
 
 続く相手は、銃器を持っていた。銃器は遠距離戦でその真価を発揮すると思われがちだが、実はそうではない。
 
 遠距離戦も行える――そもそも飛び道具を持っていないと、遠距離戦を行えないという話もある――が、中距離戦にてその真価を発揮するのだ。
 
 ヨシツネは、しきりに『八艘跳び』で近距離よりも近い接近戦にまで持ち込もうとするが、その度に距離を取られた上に反撃を受け、さしてダメージを与えるでもなく、あっさりと負けてしまった。
 
 もしもヨシツネが突進系の技を持っていれば、結果は違ったかも知れない。
 
 続く圭のシズカ。彼女は多彩な遠距離戦用の必殺技を繰り出し、終始、相手を圧倒していたが、あと少しというところで続け様に相手の必殺技を喰らい、負けてしまった。
 
 そして、真次のベンケイが出撃して数十秒後。
 
「「キッツゥー!」」

 圭とケントが、どこかふざけたような、悲痛な叫びを上げる。
 
 真次が負けたのだ。降籏さんは、ポカーンと呆れたような表情で、スクリーンを見つめている。
 
「……何で、負けちゃったんですか?」

 俺の服を引っ張りながら、そう訊ねて来る降籏さん。
 
 まあ、真次のキャラクターを良く知らずに見ていたのだから、その疑問は尤もだ。
 
「ゲージ、たくさん残ってたのに。あと少し削れば、勝ってたのに」

 ちなみに、残っていたゲージはスキルの方。ライフが残っているのならば、そもそも負けにはならない。
 
「まあ、それが出来るんなら、最初から戦力に数えているんだけどね」

 彼女を見れば、目をパチクリとさせて俺を見上げている。
 
「できるのなら、って?」

「つまり、出来ないんだけどさ」

 俺も、最初に知った時には驚いたものだ。
 
「必殺技、持ってないんだよね、アイツ」

「ええええぇぇぇぇーっ!」

 驚くのは当然だ。そんな事をしている奴なんて、どう考えても信じられないだろう。
 
 これにもやはり、妙な拘りがあるらしいのだ。
 
 しばらく前までは、武器すら持っていなかったという話で、流石にそれではやっていけないことに気付いて、後で設定を変更したらしい。
 
 ちなみに500円位の費用がかかったそうだが。
 
 何はともあれ、ここで敗退してしまうわけにはいかない。
 
 ここは一つ……。
 
「「蒼木先生!」」

 何とか頑張って来ようかと気合を入れた時、がしっと、俺の両手が真次とケントに掴まれた。
 
 何事かと思えば、更に圭がその両手が俺の両肩を掴んだ。
 
「頼む、蒼木」

 不気味に思って遠退こうにも、がっしりと力を込めて掴まれては、それも叶わない。
 
「お前だけが、頼りだ!」

「先生、お願いします!」

「個人戦じゃあ、予選突破なんて出来ないんだよぉー!」

 調子の良い連中だ。まあ、お陰で退屈はしないが。
 
「あのぉー……私は……?」

 すぐ傍にいながらないがしろにされていた降籏さんが、自分を指差し、口を挟んだ。
 
「ほら、百合音ちゃんも応援して!」

 いつもはもてはやされている降籏さんも、今はただ、寂しそうに自分の存在をアピールしている。
 
 所詮はアイドル。ヒロインにはなれぬと言う事か。
 
「まぁ、何とかするさ」

 俺は叱咤激励しったげきれいの声に見送られながら、筐体に入る。
 
 遣り甲斐は十分。やる気は十二分。
 
 情けない負け方をした直後の試合としては、申し分の無い条件だ。
 
「さぁーて、八つ当たり、始めようかぁ!」

 筐体の中。誰にも聞かれないことを良い事に、俺はそんなことを言ってから試合に臨んだ。
 
 第一次予選での負けは、それほどまで俺には悔しかった。
 
 一人目。どちらのゲージもほとんど残っていない相手など、敵では無い。瞬・殺!
 
 二人目。相手の武器は剣。必殺技による遠距離攻撃にさえ気を付けていれば、敵では無い。圧・勝!
 
 三人目。銃を持っていたが、タンクタイプの流行前のキャラらしく、良く言えばバランスの良い、悪く言えば特徴の無い相手。
 
 詰まるところ、敵では無い。楽・勝!
 
「……ただ勝つだけじゃ、つまらないな」

 相手がさして強く無い事を知ったところで、俺に欲が出た。ガード必殺で身を固めつつ、突撃ぃぃぃぃぃぃぃ!
 
「裏ジャック!裏ジャック!裏ジャック!」

 ガードされてもお構いなし。スキルゲージが底を尽くまで続けてから、挑発。
 
 体力が削られてスキルゲージが復活したところで、今度は――
 
「正ジャック!正ジャック!正……」

 三度目を叫ぼうとしたところで、はたと気付く。
 
 ゲージの半分を消費するのだから、当然のようにそれが使える筈も無く……。
 
「おやぁ?」

 我に返って、相手の体力と自分の体力を見比べた。
 
 はて、いつの間にこんなに減らされているのやら。
 
『Go to Heaven!』

「……」

 俺はボコボコにされるジャックを言葉も無く眺め続けて。
 
 筐体の外に出ると、そこには3つの拳が待っていた。