第12話 二人のデビル
「――僕を待っている人?
心当たりが無いんだけど……」
「そうでしょうね。
彼方も、面識は無いと言っていましたから」
「なら、断っても良いかな?」
「構いませんよ。彼方も、本人が承諾したらと言っていましたし。
――あ!無駄のようですね」
店員が階段の方を向いてそう言ったので、アイオロスもソチラを振り向いてみた。
そこには、階段を降りて来る一組の男女が居た。男の方は極端に背が高く、カップルとなっている女性の方が、並の男と比べても見劣りしないであろうに、やけに小さく見えた。
「――僕が僕であることは、報せないで貰えないかな?」
「では、この100ドルの内、20ドルは口止め料と扱わせていただきます」
「そしてくれると助かるよ。
ついでに、お腹が減っているので、料理を出来るだけ早く持ってきてくれると助かるんだけど……」
「承知致しました。シェフに急ぐよう、言い含めておきます」
そう言うと、店員は足早に去った。
「クィーリー。あの二人には関わらないようにね」
「分かりました」
そうクィーリーに言い含めたところまでは良かったのだが、肝心のアイオロスがミスをした。
「アイオロスさん!」
先程の、階段を降りて来たカップルの女性の方の声で、アイオロスは反射的に振り向いてしまった。
モロに目が合った。心の中で、アイオロスは「しまった……」と呟いていた。
「あなた、『風の英雄』アイオロスさんですね?」
駆け寄って来たその女性に、アイオロスはこう返す。
「……どうしてそう思います?」
「容貌が、噂通りですもの」
「――どういう噂を聞いて、そう思ったのかな?」
「金髪に金色の瞳。そして、英雄伝には似つかわしくない気弱そうな表情。
金色の瞳の持ち主と会ったのは初めてだから、そう思ったまでなのですけど」
アイオロスは『これはトラブルの種!』と、頭の中で赤いランプが明滅するのを感じて、関わりを避けようと思っていたのだが、『英雄伝には――』の件を聞いて、誤魔化す事を諦めた。
「――多分、そのアイオロスですが……」
「良かった。
噂では一人でエンジェルと戦う、凄腕の剣士と聞いていたので、連れがいるらしところを見て、ひょっとすると人違いではと思ってしまいまして。
――失礼、私一人で、勝手に話してしまって。
私はフラッドと申します。そして、こちらはトール。
共に、デビルの誓いを立てております。
よろしければ、少々、お話しを伺いたいと思いまして。
長旅でお疲れでしょうし、まずはお昼でもご一緒しあせんか?」
「丁度今、その、食事を取ろうとして注文を終えたところだったんだけどね」
肩を竦めて、アイオロスは言ってみた。
「では、私たちも注文しましょうか。
……おや。店員さんがいらっしゃいませんね。
待っている間、少々お話をさせていただけませんか?」
躊躇ってから、アイオロスはこう断りを入れる事にした。
「――僕の気に障らない程度ならね」
「そちらの方は、何とお呼びしたらよろしいでしょうか?」
「クィーリー」
今まで敢えて話の中でそのことに触れる事はしなかったが、クィーリーは今まで、魔法で意図的に低い男性的な声を出すようにしていた。
女性のデビルは少ない。その為、男性だと思わせておいた方が何かと都合が良いのだ。
実際、クィーリーを例外とすると、アイオロスも女性のデビルに会ったのは、フラッドが初めてだ。
フラッドも同じ様な理由でだろう、一見、男と思われてもおかしくないような恰好をしていた。
髪はやや伸ばしているものの、青いロングコートは男性用のものであったし、何より、彼女の整った顔立ちには、中性的な魅力が漂っている。
もっとも、彼女が他人の注目を集める点は、その髪も瞳も、やや碧混じりの蒼い色をしている事であろう。
ひょっとすると、コートの色もそれに合わせているのかも知れない。
注目を集めると云う点では、彼女の隣に座る、トールの方が上である。
何しろ、デカい。身長は優に2mを超える。隆々とした筋肉と相俟って、まるで鬼か巨人のように見える。
加えて、腰まで伸びる赤い髪と、それに覆われた顔の右半分から覗いて見える、痛々しい傷痕。
角と牙が無いのが残念だが、それらしい恰好をして金棒を持たせれば、十分に、赤鬼と言って通用する。
髪は傷痕を隠す為に、本人なりに気を使って伸ばしているのかも知れない。
「お二人共、魔法科学研究所はご存知ですか?」