形の違う主従関係

第29話 形の違う主従関係

「終わりました、アイオロス様」

「ちょっと待てェ!

 納得行かねェぞ、俺は!
 
 折角の儲けの種を――なんてことをしてくれたんだ!」
 
「なら、残りは全て、あなたたちに差し上げよう。

 その代わり、僕らはたもとを分かたせて貰うよ。
 
 勿論、文句は無いね?僕らの取り分を処分しただけなのだから」
 
「ちょっと待って。『たち』じゃないわ。

 私は取り分を放棄してでも、アイオロスさんと袂を共にしたいわ。
 
 いいわよねぇ、トールぅ?」
 
 意地の悪い笑みを見せて、フラッドが言った。
 
「ちょ、ちょっと待ってくれよ、フラッド。

 俺たち、仲間じゃ無かったのか?」
 
「図体ばかりデカい癖に、気前の悪い事を言うからよ」

「ならお前、コレを食ってから、同じセリフをもう一度言いやがれ」

 トールが取り出したのは、他でもない、マズさでは定評のある完全栄養食。
 
「嫌よ。

 そんなことよりも、一つ、貴方に知っておいて欲しい事があるの。
 
 聞くだけでも良いから、聞いてくれるかしら?」
 
「……まぁ、聞くだけならタダだしな。聞いてやるよ」

「アイオロスさぁ~ん、確実にエンジェルが居るけどぉ~、自分一人じゃ対処出来なかった場所なんてぇ~、何箇所か知らないかしらぁ~?」

「フラッドさん!アイオロス様に甘えるような口調をするのは止めて下さい!」

 アイオロスからの返事の代わりに返って来たのは、クィーリーからの抗議の声。
 
 これには、フラッドも「そのくらい良いじゃない」と、文句を言い返した。
 
「――で、どーなんですかー?」

「……三箇所位、知っていますよ」

「トール。これが意味する事が何なのか、幾ら馬鹿なあなたでも分かるわよねー?」

「いや。さっぽり」

 馬鹿と言われた事にも文句を言わず、それ以上の馬鹿っぷりがうかがえる返事をトールはした。
 
「あのねぇ。ちょっとは考えなさいよ。

 エンジェルが居る場所の情報を、彼は知っているのよ?
 
 これから先の事を考えたら、目先のエンジェルの報酬を求めて彼と袂を分かつよりも、あの程度の要求を飲んだ方が得ってことじゃない!」
 
「……打算があったんですね、フラッドさんにも」

「当然よ!こっちだって、苦しい生活しているんだから、お金にはそれなりに意地汚い部分も持っているわ!

 それに、詐欺さぎがバレて、パンデモニウムのブラックリストにでも記載されたら、幾らエンジェルの翼を持って行っても、報酬を貰えないのよ!
 
 正しい事をすることが損をしない事に繋がるのなら、よっぽど根性が曲がった人で無い限り、誰でもそうするに決まっているじゃない!
 
 ――で、私がその例外に含まれないのは明白!
 
 だから今回は、トールの考えには賛同しかねるのよ!
 
 分かった、トール?」
 
「……何となく」

「なら、判断は私に任せて、貴方は私の言う通りに行動すれば良いのよ!

 頭脳労働は私が、肉体労働は貴方がするって事に、以前にも話し合って決めたじゃない!
 
 それを、目先の欲なんかに目が眩んで……。
 
 貴方は、余計な事なんて考えなくて良いの!良い?分かった?」
 
「……俺が悪かった」

 何故か今のトールは、叱られた子犬の様に見えたのは、アイオロスだけだろうか?
 
 少なくとも、トールとフラッドとの間の上下関係は、覆しようの無い程にはっきりと決まっている事は明白だ。
 
「と、云う事です、アイオロスさん。

 相棒が、余計な事を言い出してしまって、申し訳ありませんでした。
 
 以後、改めさせますので、今回はご容赦を」
 
「――何て云うか……まあ、お二人の関係には、僕がどうこう言うべきでは無いと思いますので、今は言葉を控えさせていただきますが……。

 クィーリーが、フラッドさんみたいな性格じゃなくて、本当に良かった……」
 
 これにはカチーンと来たのか、不機嫌そうな顔をするフラッド。
 
 だが、状況が状況なだけに、無闇に言葉を吐くのは、彼女の方も控えたようだ。
 
「トールさん。あなたも、苦労してきたんでしょねー」

「いや。状況判断は、俺よりフラッドの方が圧倒的に正しい。

 多少の苦労は、それ以上の苦労を減らされたと思えば、我慢出来る」
 
「ほほぉう。何だか、随分と苦労してきたような言い方ねぇ」

「苦労していないと思っていたのか?」

「私以上には」

 にらめっこする、トールとフラッド。どちらが勝つかは、それもまた明白だ。
 
「――私は、フラッドさんの気持ちも良く分かります」

 控えめな声で言ったのは、クィーリー。
 
「私も、アイオロス様がトールさんみたいな性格じゃなくて、本当に良かった……」

「……この場合、俺はけなされていると判断して良いのかな?」

「分からないんだったら、余計な事は言わないの」

「ウム、分かった」

 どうやら、どちらのカップルにも、形の違う主従関係が成り立っているようだった。