第8話 主従関係
「なっ、……なんだ?」
アイオロスはエマと肩を並べる位置まで引き返しながら、刀身を見つめていた。
今のアイオロスの表情は、怯えているようにすら見える。
「『SHIELD』・『CONTINUOUS』」
エンジェルが一斉に防御魔法を張り巡らせる。
ようやく、エンジェルが敵を認識した証拠である。
呪文を使っての攻撃が始まるのも、時間の問題と思われる。
「う……、あ……」
アイオロスは半ばパニックに陥っていた。
初めて、本気のエンジェルと、正面から戦う羽目になった所為もあるが、ほとんどは自分の持つ武器に対する不安から来るものだ。
単純に、威力の高い武器であると、割り切ることが出来ない。
普段と勝手が違うのが不安なのだ。
「……許せない」
エマも、我を忘れているという点では同じだ。
但し、コチラは怒りによるものだ。
もう、エマの頭には、残る三人のエンジェルを倒すことしか、頭には無い。
バサッ。
大きく、エマの翼が開かれた。
全身が、やがて光を放ち始める。
「吹き荒れる風、今ここに集いて――」
エマが、呪文を唱え始めた。
呪文を唱える必要のあるエンジェルの魔法が、如何程のものであるのかは、アイオロスには『とんでもない威力を持つもの』という程度の漠然とした想像しかつかない。
「風の王『VOL VIN』!」
エンジェルに向けられたエマの両手に光が集い、そこから竜巻が生み出された。但し、エマの両手を底辺として、地上へ向けて逆向きに。
渦を巻く風がエンジェルを、研究所を飲み込む。
そして、それが消えた時。
跡には、何も、残ってはいなかった。
フッと、力を使い過ぎて意識が遠のいたのか、落下を始めたエマを、アイオロスが慌てて追いかけた。
空中で捕まえて、彼女を抱きかかえたまま、地面に静かに降り立つ。
「何で、……何で、こんなことに……!」
いつの間にか、エマはアイオロスにしがみついたまま、声を押し殺して静かに泣いていた。
暫し戸惑っていたアイオロスも、やがて優しくエマの肩を抱いていた。
「凄い魔法だね。研究所が、消滅しちゃったよ」
「えっ――?」
息を飲み、魔法科学研究所の方に振り返るエマ。
そして、強い驚きを表現する表情をしたかと思うと、アイオロスの方を向いて、目尻からポロポロと涙を零した。
「あの魔法に……こんな威力があるなんて……」
「……知らないで使っていたのかい?」
本気で泣き出す様子を見せながら、彼女は小さく頷いた。
「アイオロス様……」
「『様』は要らないよ。ただのアイオロスで良い」
「あなたは、アルフェリオンの主……。私を僕として、導いていただけますか?」
「僕にはしないよ。
帰る宛が無いのなら、僕について来るかい?
僕の仕事は、君の仲間のエンジェルを倒すことだけれども」
「いいえ。彼らは、仲間ではありません。
私は、あなたをアルフェリオンの主と認めました。
ですから、私の主にもなっていただけますか?」
「主にはならないけど……仲間になると言うのなら、構わないよ。
君は、他のエンジェルとは違うようだし」
「……仲間……?」
「……気に入らないかい?」
エマは、強く何度も首を横に振った。
「よろしく」
差し出された左手を、エマは握り返した。
「よろしくお願い致します」
アイオロスが微笑むと、エマも釣られて微笑んだ。
二人は、まるで恋人同士の様に、二人きりの世界に浸りきっていた。