第30話 世界樹の見る夢
爆発による大きな騒ぎによって、レズィンは帝国軍に見付かり、そのまま連行されることとなった。
レズィンはその間中、ずっと押し黙ったままで、爆発の原因について問い詰められた時も、一言も口を利かなかった。
怪我を負っていたフィネットは病院へと運ばれ、治療を受けてから事情聴取を執り行われることになり、レズィンたちとは離れることになった。
また、レズィンたちへも他の用件があることから事情聴取も後回しにされ、今は軟禁されている。
騒ぎの中、一人眠っていたラフィアは、そのままシヴァンの背に担がれて運ばれることになり、現在も未だ目を覚ます様子は見られない。
三人への詰問は、レズィンはすぐに始められるものだと憂鬱な気分で思っていた。
だが、三人を部屋に閉じ込めたまま、しばらくは誰一人としてその部屋を訪れはしなかった。
ようやく現れたと思っても、それは食事を給仕にやって来た者だった。
「用事が無いなら、さっさと解放してくれないか?」
簡素な食事をトレーに乗せて運んできた女性に、レズィンは不機嫌そうに云う。
「皇帝陛下が、今、忙しいそうですので、もう少々お待ち下さい」
そのもう少々は、次の日になっても過ぎ去りはしなかった。
その頃になって、ようやくレズィンはラフィアが目覚めないのを不審に思い始めた。
特に体調を崩しているようにも見えず、シヴァンも大丈夫だと云う。
「今夜辺り、面白いものが見える筈だ。窓から空を見上げていると良い」
本気で、ラフィアの様子を心配しているレズィンに向かって、シヴァンは笑みを浮かべてそう云う。
疑った訳では無いが、レズィンはその面白いものを確かめるつもりは無かった。
だが、時間が夕刻となり、夕食を運んできた者の言葉で、レズィンは血相を変えて、鉄格子を付けられた窓へと駆け寄ることになる。
「もし暇を持て余しているようでしたら、窓から空を見上げてみると良いですよ。
オーロラが見えるって、街中大騒ぎになってますから」
レズィンにとって、初めて見るオーロラだった。
美しさに感動するよりも前に、レズィンは寒気を覚えた。
「これも、お前の姉さんの力なのか?」
オーロラを見たことは無くとも、ある程度の知識はあった。
南には赤道が走る低緯度のこの国で、オーロラが見られるなんてことは、有り得ない。
「姉さんは世界樹と同調している。姉さんが夢を見れば、世界樹も夢を見る。
そして世界樹が夢を見れば、それは現象として現れる。
ただ、必ず姉さんと世界樹が同調するとは限らない。
特に夢を見るといった日常的な事では同調する事は少ない。
今回は随分と長く眠っているからな。世界樹も影響を受けてしまったのだろう」
以前にシヴァンが云っていた、同調するという意味が、ようやくレズィンにも分かったような気がしていた。
そしてラフィアが体調を崩した時に、天気が荒れていた事を思い出す。
確か、シヴァンが非常事態だと云って慌てていた。
容体の割には大袈裟だと思っていたのだが、ようやくその意味が判明した。
そして、まるで人間気象兵器だと思い、恐ろしくなった。
「――もし、お前の姉さんが死んだら、何が起こるか、予想はつくか?」
「苦しまなければ、どうと云う事は無い。
姉さんと世界樹との同調が途切れ、世界樹が独立するだけだ。
苦しんだ場合は、その苦しみに比例した規模の災害が起こる。
気象による災害とは限らない。地震や火山の噴火も、十分に起こり得るだろう」
レズィンの予想以上に、恐ろしい答えが返って来た。
リットの云っていたように、これから拷問にかけられることも十分に考えられるのだ。
「ホント、死ぬ気で逃げ出さないと駄目そうだな……」
リットの死という大きなショックで今までは休んでいた頭を、一気に働かせて本気で逃げ出す算段を始める。
武器が無いのが痛いが、弱気な事を言ってはいられない。
失敗すれば命取りという程度の損害では済まない。
頼りになるのは、何と云ってもシヴァンだった。
力も然ることながら、銃弾を弾けるというのはこの上なく頼もしい体質だった。
恐らくシヴァン一人なら、悠々と逃げ出せるだろう。
問題となるのは、武器だけでは無い。場所も悪い。
軍事の中心となる皇帝の屋敷、それも他国の要人を軟禁する為の部屋なのか、警備も厳重な上に辺りの建物は軍事関係のものばかりだ。
どこへ逃げても、兵士が転がっている。
それさえ抜けてしまえば、街は既に警戒態勢を解かれて手薄になっている。
長居しなければ逃げられる筈だ。
「レズィン、姉さんが起きるぞ」