第42話 世界樹の樹液の中
「あの城だ……」
空気を口から漏らしても気泡にならないことを確認してから、レズィンは呟く。
紛れもなく、あのカンシャスと云う名の城の中で感じた間隔、見た光景と一致していた。
但し、その感覚に身を任せて感じた、眠気に似た感覚は無い。
ふと、城での経験を思い出して、足元を見た。
床も見えないが、落ちて行くような感覚は無い。
落ちる心配が無い事が分かったところで、無駄とは思いながらも足を踏み出して、歩く真似をしてみた。
当然ながら風景が変わる訳でも無いので、進んでいるのかどうかすら分からなかった。
「シヴァン……。シヴァンは何処に行った?」
適当に歩く真似をして、呼び掛けながら探してみる。
遠くの方で、何かが光ったのを目にしたような気がした。
気のせいでは無く、何か光るものがそこにあるのが見える。
遥か遠くに見えていたそれが、徐々にこちらに近付いて来る。
ふと、レズィンは懐に覚えのある感触を感じ、ついでにいつの間にか着ていた筈の白衣が消え、城に入った時の服装になっていることに気付いた。
城の中で言われた言葉を思い出す。
『ここでは望みの姿になれる……』
「まさか、シヴァンなのか?」
名前を口にした途端、光は形が歪み、先程までの服装のシヴァンへと姿を変貌させた。
そのままの勢いで、怪訝そうな顔をして近付いて来る。
「呼んだのか?
お前のお陰で、動きづらくなってしまった。どうしてくれる?」
「……俺は何もやっちゃいねぇけど?」
「俺の姿をイメージして、名前を呼んだだろう。
賢者の石を取り入れた以上、ここでは力を持つことになる。
声は特に広い範囲に影響を及ぼす。これからは気を付けてくれ。
それから、残念ながら、もう手遅れだ。
俺たちのせいでこんなことになって、済まなかった」
頭を下げるシヴァンに、レズィンは身振りで止すように伝える。
「一体、どうなっちまったんだ?
俺たち、あの水の中にいるんだよな?
なのに呼吸も不自由しないし、辺りもこんなんになっちまってる。
まるであの城の中みたいだ」
「似たようなものだ。
あの水は、世界樹の樹液。城の中を満たしていたものと同じものだ。
俺たちの意識は、世界樹の意識の中にいる」
再び辺りを見回す。
真っ白な風景が広がっていると云う事は、世界樹は何も考えていないということだろうか?
そんな風にレズィンは思っていた。
『失礼な奴じゃな。
しっかりと考えておるわい』
唐突に、どこからともなく聞こえて来た声に、レズィンは驚いて首を左右に行ったり来たりさせる。
「聞こえただろう。あれが世界樹の声だ」