第37話 不老不死の秘薬
「それは……研究所には、老化を抑制する薬がありますから……」
「なら何故、その技術は提供しない!」
「黙っていてくれ、大佐。
薬と云うのは嘘だろう?
――あんた方、一体、何を食べた?」
まず黙らされたことに、大佐が不機嫌な顔を向ける。
そして確信を持っているようなレズィンの口ぶりに、訝る。
セシュールに話を聞かれるのは、仕方が無い事と諦めていた。
現状を考えれば、密談を許される筈が無い。
その甲斐あって、二人が動揺を見せ始めている。
「あれが何の肉なのか、分かっていて食べたのか?」
二人の顔が蒼褪める。
もうひと押しなのは分かっているのだが、軽率に「人魚」という言葉を口にするつもりは無かった。
それを知らされずに食べている可能性も、十二分に考えられる。
「本当に、研究所が作ったものなのか?
研究所では、同じものをもう一度作れるのか?」
「知らない!私たちは何も知らされていないんだ!」
この状況において尚、嘘をついているとは考えづらかった。だがそれでもレズィンは、最後に鎌を掛けてみることにした。
「まさか、人間の肉を食べたんじゃないだろうな?」
「そ……そんな筈は無い!
だっ、第一、そんなことで不老不死などと云う事は……」
必死の形相で言い訳しようとした父親の方が、ようやく尻尾を出した。
慌てて口を押さえても、もう遅い。レズィンは鋭い視線で相手を射抜く。
「もう一度聞く。
あれの正体を、知らないのか?」
「知らない!
本当なんだ、信じてくれ!」
「確かめなかったのか?
もしも人肉だったら、どうするつもりだったんだ?」
「そ……そんなこと、考えてもみなかったんだ!」
精神的に大分追い詰めて、これ以上は本当に知らないのだろうとレズィンは判断した。
他にも、聞いてみたい事はあるのだが、セシュールの前でとあっては、躊躇われてしまう。
「レズィン、お前、何を知っている?」
「さあね。
鎌を掛けただけで、何も知らないかも知れないぜ」
セシュールに聞かれても、適当に言葉を濁してあやふやにしてしまうつもりだった。
誤魔化し切れないのは分かっているが、それならば重要な事は聞かれずに済む。
「気に入らない奴だ。
何故、必死になって調べ上げた私以上の事を知っている?」
「リットにも同じ事を言われた。
けど俺は、大したことを知っている訳じゃ無い。
成り行き上、色んなことを聞かされただけだ」
「大した事が無いのなら、教えてくれても良かろう。
何故、お前も、何もかもを隠したがるんだ?」
「人の命が掛かっているもんでね」
これこそが、レズィンを突き動かしているものの全てであろう。
「貴様もあの、リットという男と同類だな」
「……どういう意味だ、そりゃ?」
「食えない奴ということだ」
「そりゃどうも」
意外とあっさり引き下がってくれたのが、レズィンには有難かった。
この場で聞いてみたい事はこれ以上無くとも、他にも夫妻への用事はあるのだ。
「アンタ方に頼みたい事がある。
俺を、研究所に案内してくれないか?」
研究所には、エセルが居る。少なくとも、その死体が保存されている筈だ。
レズィンは、それを取り戻してやりたかった。
「……無理です。
あそこは、部外者が立ち入れる場所ではありません」
「じゃあ、フィネットはどうやって研究所に運ばれるんだ?
――不可能では無いだろう?
フィネットが運ばれる時に紛れ込まなくても、例えば食料に紛れ込むって手もある。
なあ、何とかならないか?」
「無理だな」
冷たく言い放ったのは、セシュールだ。
「私が止める」
「なら、お前も連れて行く。
文句は無いだろう?」
セシュールの目が一瞬見開かれ、そして、ゆっくりと唾を飲み込み、首が縦に振られる。
コレはセシュールにとっても、願っても無いチャンスの筈だ。
「無理です。外部との交流を断ち切っても、研究所では食糧も、自給自足されていますから。
それどころか、少なくともこの街で消費されている食糧の八割は、研究所で生産されたものですよ」
「――そんな筈は無いだろう。
そんなスペースが、一体何処にあるって云うんだ?」
「地下に、広大な食糧プラントが確保されています。
野菜類に至っては、地上よりも遥かに高い効率で生産されています。
それに、もし中に入れたとしても、制服が無ければあっという間に見つかってしまいますよ」
「……そうか。
大佐、研究所で俺に調べて貰いたいことは無いか?
それよりも俺の知っている情報を幾つか話す方が良いか?」
突然話を振られて、セシュールは困惑した表情を浮かべる。
「――何の話だ?」
「俺を見逃す交換条件だよ。
あんまり無茶な事を頼まれても、無理だからな。先に断っておく。
どうする?チャンスをフイにするのか?それとも――」
「手は、あるんだろうな?」
レズィンはサムズアップして、明らかに何かを企んでいる笑顔でそれに応えた。