第29話 不名誉な二つ名
遂に、ローズの卒業式の日が訪れた。
──とは言え、ローズはデッドリッグの卒業を待って結婚、と云う選択肢を選ぶため、皇国高等学園に入学し、デッドリッグの卒業後にその学園を中退するのだが。
卒業式の日、合唱部と管弦楽部は、協力して園歌の演奏と合唱を行うが、その場にデッドリッグ達の出番は無い。
否、打診はあった。だが、断った。
大騒ぎになる事が確実だからだ。
園歌は、『Under the AEgis』と、ローズ達が演奏した曲でもある。但し、ローズ達はその曲をロック調に編曲していたが、歌詞がこの世界の言語である為、あまり気付かれない。
「俺も、高等学園に進学出来ればなぁ……」
デッドリッグはそうぼやくが、国からの援助が無くなる状況で、ソレは望んでも叶わない。
と云うか、国としてもデッドリッグを公爵に据えての開発を進めるのは急務なのだ。本音を言わせれば、「サッサと卒業して頂きたい」と言う事だろう。
ローズは感極まって涙を流し、それをハンカチで拭っていた。
在学生の送辞はバルテマーが担当。答辞はローズの役目だったのだが、感涙していて用意しておいた文を読めない始末。
代わって、卒業試験で次席だった男がローズの用意した答辞を読み上げたが、見事にお嬢様口調で、忍び笑いが止まらなかった。
読み上げた男も、羞恥に赤面しながら読み上げ、急ぐように壇上から駆け下りた。
ココで、『ひとネタ受けた!』と喜ばないところが、意外とその男が卒業試験にて次席だった所以であるのかも知れなかった。
「アハハハハハハハ!」
泣き笑うローズも大概だが、この場面で堂々と笑えるのが、主席卒業たる所以であろう。
まぁ……笑われた男は面目丸潰れであるが、そんな美味しい役目を恥じるところが、モブがモブたる所以である。
泣き笑ったローズは、気が済んだのであろう、皆に声を掛けて、最後のラストステージを演奏する事が決まった。
断ったデッドリッグの、面目丸潰れである。
だが、ローズはデッドリッグの面目など気にも留めず、卒業生を動かせて、楽器を体育館のステージに用意した。
演目は、『Devil or Angel』であった。合唱部は歌詞を歌うのが不可能であるが、管弦楽部は音楽祭でも演奏した演目である、下支えになる音楽を爪弾いた。
一曲入魂。高まるグルーヴを観衆たる卒業生が、言語を知らない事で正確にでは無いが、合唱部も含めて歌い、一体感がソコにはあった。
♪こんな悪魔ばかりが多い世の中じゃエンジェル、君が哀しい~♪
サビのそのフレーズは、ほぼ日本語として意味の通じるレベルの再現度を誇った。
そして……学生たちの間では最早、常識となったのだろうか、アンコールの声が上がる。
結局、『CosmoTree』と『吸血鬼は一円玉がお好き』も演奏し、歌う事になった。
コレは、ローズの卒業式だから、音楽祭を一人で立ち上げた──協力者は居るが──彼女の為に、演奏されたに過ぎない。
来年度以降は判らない。判らないからこそ、在学生は期待する。
デッドリッグは密かに、あと2回は卒業式記念演奏会は開催されるであろうと予測した。
そもそも、この卒業式は、高等学園生も参加しているのだ。面子に困る事など、あろう筈がない。
デッドリッグが卒業したら、来年は増えるであろう音楽祭への出演者が、演奏を主導すれば良いのだ。
その為の特訓は、音楽祭が終わっても続いていたのだ。何より、ルファー達が来年以降の音楽祭を盛り上げる為に。
「兎も角、一年が過ぎようとしているのか……」
デッドリッグも、それを感慨深く感じる。
記憶が混在してから一年。割と、両者の精神が上手い具合に融合して、新たなデッドリッグとなりつつあった。
半ば、悪役である事を忘れそうな彼であったが、悪役としての真骨頂を迎える迄、あと僅かと云う時期であることを、彼は知る由も無い。
バルテマーなぞは、その内言いそうな事ではある。──即ち、『悪役は悪役らしく振る舞っていれば良いのだよ!』と。
デッドリッグは、情報の収集を進める術も無かった。
だが、気付いて然るべきだったのだ。そう、既に6又までして、ヒロイン達を独占していると云う事実を。
そう、正に『屑』と云う名の悪役に、デッドリッグは既に堕ちて居る事に気付くべきだったのだ。
そうすれば、指摘された時のダメージをそれなりに免れられる、筈だった。
実際、陰では『デッドリッ屑』と云う、不名誉な二つ名を賜っているのだ。
ヒロイン達にその噂を掴ませなかったのも、噂を流し始めた何者かの狡猾さが知れたと云うものであった。
ヒロイン達のお付きの人ですら、その『デッドリッ屑』と云う不名誉な二つ名の情報は拾えて居なかった。
学生では成し得ない。その事実を根拠に調べていれば、悪い噂の出どころも知れたと云うものだが、そもそも耳に入らないのに、超能力でもあるまいし、知れる筈が無かった。
故に、最大ダメージとなるタイミングと相手で、その事実を知るのだが、それはまた、少しだけ後のお話であった。