七刀と恭一の改名

第78話 七刀と恭一の改名

 その日、疾刀は恭次と待ち合わせをしていた。

 午前10時。――10分前。

 疾刀が先に待っており、恭次がやって来て手を挙げて合図をした。

「待たせたか?スマナイ」

「いえ。10分前です。上出来でしょう」

 それから、二人は連なって豊平区役所の窓口で改名に関する手続きを行った。

 改名の口実は、『縁起が悪い事』。ただそれのみで通ってしまった。

 こうして、風魔 疾刀は風間 七刀ななとに、緋神ひがみ 恭次は緋神ひかみ 恭一に生まれ変わった。

「コレが、一定の効果があってくれることを願うがよ」

「確かに。名前の能力って、馬鹿にならないですからね」

 元は、恭次改め恭一の提案の通り、疾刀改め七刀は、『疾風』に改名する予定であった。

 だが、七刀の意向として、『刀』の一文字は残したかった。

 ソレが故に、七刀は『刀』の一文字の残る名前に急遽きゅうきょ変更した。

 その名に『七』を添えたのは、神の数字であり、正解の数字であるからだ。それ以上の意味は、七刀には無かった。

「……(七刀守護神、ってかよ)」

「――何ですか?」

「いや、こっちの話だ。

 さて。折角だから、飯でも食って行こうか」

「いいですね。裏にハンバーグ屋さんがあった筈」

 二人は区役所の裏手に向かい、ハンバーグ屋さんで日替わりランチセットを頼んだ。七刀はCセットで、恭一はAセットを選択した。

「相変わらず、安定の美味しさだ」

 食べながらその味を、恭一はそう評価した。

「ところで、七刀。国防の対策は万全か?」

「万全です――と、言いたいところですけれど、正直、僕一人の手では、打てる手と云うのも限られているのですよね。

 目標は、一家に一台、ダークライオンを!と言いたいですけれどね」

「……現実的じゃないのか?」

「何せ、僕の髪の毛や血液を培養して、生産を追い付かせようとしている段階ですからね。

 需要が供給を大きく上回っている事で、今は相当高額にしていますが、ソレでも在庫が足りない状況です」

「……そうか。難しいか。

 何か協力出来ればいいんだろうけどよぉ……」

「露を消耗させ、戦争なぞ出来ない状況に追い込んで下されば、ソレで十分ですよ」

 そう言うと七刀は、「ドリンクバーに行って来ます」と言って、一時席を立った。

「ふぅ……。油断も隙もあったもんじゃない男だよ、相変わらず。

 アンチサイ能力を一瞬も切らさずに居る、ってかよ。……何かの化け物か?

 否、確かに、元は魔物だったのかも知れねぇなぁ……」

 恭一はそう呟いた後、ハンバーグを食べ進めた。そして、七刀が戻った時点で「俺も行ってくる」と言ってドリンクバーに向かった。

「ただ、これだけの平和な日々が欲しいだけ、って云うのは、ソレでも尚、罪深いんですかねぇ……」

「多分、『負けいぬ』の月の生まれの運命として、腹がたつのも仕方がない、って感じじゃねぇかなぁ……」

「ああ、そう云う見方もありましたか。

 でも、事と次第によっては、ソレは重大な問題発言ですよ?」

「仕方あるまい。未だ、目も覚ましていない奴が根源的な恐怖に突き動かされて動いていやがるんだから。

 せめて、『ほぼ全ての数字には意味がある』って事を、悟ってくれれば、また何か違うのかも知れないがよぉ……」

「それとも。もしも気付いていてあの行動に出たのだとしたら、最早、世界の全てを征服するまで止まれない、なんぞと思っているのかも知れませんよ?」

「世界の全てを征服する権利なんぞ、誰も持っては居ない!……等と言っても、あ奴は止まるつもりが無いのかも知れないな……」

「世界の全てを征服して、ソレを統治なんて事は不可能ですよ。

 世界に色々な国があるのが多様性を生み出す原因になっていると考えれば、世界の全ての統治なんて、大きすぎる野望など持たない筈ですけれどねぇ」

「独裁者故に、『全ての人間よ、この俺の前に平伏して、命令に従え!』、ってか?

 反抗する奴は死刑?

 そんな恐怖政治なんかやったら、トップに立って居られなくなった時に、徹底的に叩かれるぜ?

 ――あ!だから独裁者で在り続けているのか。

 あの国も、終わってるな」

「半端に、『自分の考えは正しい』なんて思っていそうなところが、癌じゃないですか?」

「あー、確かに。

 社会として完成した国だとでも勘違いしていそうだしな。

 自らが誤った時に、それをとがめてくれる配下なんて、居そうに無いしなぁ。

 それこそ、『世界は我が掌の上にある』とでも思っていそうだよな。

 間違いなく、世界の全てを破壊する切っ掛けを作れる権力を持っている辺りが、かなりタチが悪い」

「もう、この話題は止めましょうか。話していても、気分が悪くなるだけですし」

 七刀がそう切り出すと、恭一も頷いた。

「そうだな。

 ん、ご馳走様。

 じゃあ、解散するか?」

「ええ。そうしましょう」

 二人は割り勘で料金を支払うと、店を後にし、地下鉄の駅まで喋りながら歩いて帰るのだった。