一瞬の戦い

第27話 一瞬の戦い

「では」

 クィーリーが呪文を唱え始める。
 
 魔法を理論から学んだアイオロスは、魔法そのものは使えなくても、今、クィーリーが唱えている呪文の構成は理解出来た。
 
 然程難しい魔法では無い。だからこそ、魔法が苦手な彼にも分かったと云う話もあるが。
 
「こっちは準備OK。

 あら。クィーリーちゃんもまた魔法を使おうとしているんだ。
 
 ――何をしようとしているの?」
 
「壁を作る、だそうです。目に見えない、エンジェルを街に入れさせない為だけの奴をね」

「ふーん……。

 ――魔法じゃ、負ける、か。
 
 エルフがエンジェルより優秀なのは、老化が遅いと云う一点だけなのね」
 
「――それにしては、年老いたエンジェルを見ないような……」

「あなたが戦ったエンジェルが、まだ召喚されたばかりの奴ばかりだからじゃないのかしら?

 それとも、私たちのように、コールド・スリープされた奴らとか」
 
「クィーリーは、後者なんですけどね。

 ――ん!彼女の呪文も終わりますね」
 
「――!

 分かるの、そんなこと!」
 
「まあ……理論から魔法を学んでいたものですから……。

 でも、あなたのは分からなかったんですよね。
 
 何か、呪文に複雑にする要素でもあったんですか?」
 
「ちょっと、ね。

 なぁに。キーワードを省いただけ。だから、驚かないでよ。
 
 合図も無しに、いきなり轟音だからね。
 
 あなたまで驚いたら台無しよ?一回限りだし」
 
「分かっています。心の準備は、出来ているつもりですから」

「それならいいんだけど……」

「『Wall』!」

 クィーリーは会話する二人に背を向け、魔法を放った。
 
 だが、見ただけでは何が行われたのか分からない。――分かったら困ると云う話もある。
 
 放ったクィーリーは、直後、アイオロスとフラッドの間に割って入った。
 
「何?親し気に話すのも我慢出来ないの?

 嫉妬深いと、嫌われちゃうわよ」
 
「アイオロス様ぁ。私の事、嫌いなんですかぁ?」

 不安そうな顔をして、クィーリーは問い掛けた。
 
「き、嫌いじゃないよ。大丈夫。安心して」

「本当ですかぁ?」

「その証拠に、キスして貰えば良いじゃない」

「――フラッドさん。時と場合を考えた発言を……って、クィーリー、君も……」

 目を閉じ、キスを受ける準備を整えているクィーリーを見て、アイオロスは心底嘆息した。
 
「ド阿呆共ォォォォ!

 しっかり敵を見やがれェェェェ!」
 
 下から聞こえてくる大きな怒鳴り声。トールだ。敵であるエンジェルの方を向くと、もうほんの傍まで来ていた。
 
 ッドォォォォンンンン……!
 
 突然の轟音に、エンジェルが止まる。心の底に響く、大きな音だ。
 
 恐らく、この音こそがフラッドの準備していた音だろうと、アイオロスは一瞬の後には消えてしまったかのように見える程の速さで動いていた。
 
「速いッ!」

 フラッドが、そう言って驚いた程だ。見ればもう、アイオロスはエンジェルたちの向こうに居た。
 
「エンジェル、Go!」

 クィーリーの命令で、召喚されたエンジェルが突撃する。そのエンジェルに、下方向からの風の刃による攻撃が襲い掛かった。
 
「この、馬鹿トールぅー!

 味方を攻撃してどうするのよぉっ!」
 
 落下する、6体のエンジェル。ソレを見たトールが、「おや。何故だろう?数が一つ、多いような気がするぞ?」と惚けていた。
 
「嘘っ!?あんな一瞬で全部片付けたの?!」

 フラッドは、アイオロスの腕に驚いた。まさか、あの一瞬でエンジェル5体を一遍に仕留めていたとは、思っていなかったらしい。
 
「優秀だね、水月。怖い位に優秀だよ。

 こんな武器を作る技術が、100年以上も昔にあっただなんて……」
 
 アイオロスは、手にした刀の優秀さに惚れる反面、恐れていた。
 
 心地良いスリルでは無い。だが、一度覚えてしまえば耐えられる程度の精神力を、彼は見掛けによらず、持ち合わせていた。
 
「流石です、アイオロス様」

「本当。流石だわ。

 噂が、強さに関しては何ら誇張が無いように思えるわ」
 
「ま、剣の腕だけは、師匠から合格点を頂きましたからね。

 でも、まだ優秀と言われた事は無いんですよ?」
 
「エンジェルとの対戦経験を積んで、腕が上がったのではなくて?」

「いえいえ。腕が上がる程の経験は、未だ積んでいませんよ。

 それに、私の強さは、マジック・アイテムにおんぶにだっこされたものでしかありませんですしね」
 
「あなたの強さに、マジック・アイテムの性能が占める割合は多いと思うけど、それでも腕が伴わなければ到達出来ないレベルにあるとお見受けしましたけど?」

「一応、自分でも自信を持つことの出来るレベルには達していますからね。そうなのかも知れません」

「――ま、あなたのその言動は、好意的にあなたが謙虚な人である証とでも思っておきましょうか」

「好意的?」